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♯5 ブランダー

 ──ハバーサックの奥の方、押し込められた()()があった。


 くすんだ黒い色をした、ベルト状の道具を取り出すジャック。

「そうか、これなら……」

 再びここへ来る事がなければ、そのまま忘れ去っていただろう。あの時、逃げる様に押し込んだ状態と、何から何まで依然変わりない状態で、古びた装身具は収められていた。

  

 縦穴の底でうろつくイナゴ。二人の痕跡を辿ってきたその怪物を、注視していた巨剣が怒鳴る。

「クソ! これじゃまるで、飛んで火にいる夏の虫じゃねぇかよ……

──おい、どうすんだ!」

 例の道具を抱えながら、悩ましそうにしているジャックに巨剣は気付く。

「なんだそれ。見た所何かの道具っぽいけどよ、遺物か?」


「これを使えば、あの貨車も動かせられるはず」


「マジか! ならとっとと仕掛けちまおうぜ」


「はず、なんだけど……」

 ジャックは言葉を詰まらせる。あの時と変わらない。色褪せたベルトに目立つ歯車の機構。そして、未だにそれの扱い方を知らない自分自身。

 結局、当時のジャックは道具の使い方が分からず、その先へ行くことが出来ないままだった。幸か不幸か、後日、初めてイナゴと相まみえることとなる残骸を見つけられたからこそ、すぐに問題になることはなかった。先送りにしてしまった過去……怠惰が、彼の首を真綿でじわじわと締め付ける。


 ジャックは遠い目をしてぼやく。

「こうなるんなら意地張らずに、婆ちゃんから使い方聞いとけば良かったなぁ」


「おい嘘だろ? まさかオマエ、使い方を知らないだなんてほざくんじゃねぇよな……」


「……そうともいう」


「は、はは……ふざけんなよクソ野郎」

 乾いた笑い声とともに巨剣は酷く項垂れる。当然だ。他に手札があるわけでもない、逃げ場のないこの状況は詰みを意味している。

 残骸全体が揺れる──チェックメイトが近い。二人へ追い打ちをかけるように、残骸全体に激しい金切り声が響く。ジャックは体を震わせた。もう彼らには、己のやるせなさに絶望する為の、時間の猶予すら残されていない。


本気(マジ)でどうすんだよ……ちょっとそれ寄越しやがれ」

 せわしない様子で、ジャックが持つその道具を奪い取る巨剣。ちまちまと目を留める姿はさながら、一流の廃材加工職と見分けがつかない程だ。

 

 巨剣はしばらくその道具と睨めっこを続けた後、案を切り出す。

「この機構、オレの歯車工房製ワイヤー銃原動機と同じ部品が使われているな」


          * * *


「恐らくだ、腕に付けてベルトの親指辺りにあるトリガーを押し込んだら……」

 巨剣は全体を舐め回すように見た後、ここから放たれるとでも言わんばかりに、外側にある筒状の機構、その先端部分を指差す。そして、例の道具を自身の右腕に取り付け、外れないようきつくベルトを縛った──驚くべきことに、得体の知れない装身具は、オーダーメイドと言われても遜色のないくらいに、彼の腕にぴったりと装着されている。前の()()()の元に帰ってこれたようじゃないか。


 巨剣は、思いのほかしっくりと来る装身具に驚きつつも、満更でもなさそうに構えて話す。

「これだけだと力量の分散が出来やしねぇ、全身がグチャグチャになってサヨナラだろうよ。もともと、真人間が使えるように作られてねぇんだろうな」

「だがよ、オレなら──」

 彼はそう言うと、来る反動に耐えようと歯を食い縛り、再び腕をガシャガシャと鳴らして、親指辺りに備えられたスイッチを押した。


 ワイヤーに繋がれて放たれた楔は白いジェットを噴き出して推進し、瞬く間に貨車の胴体へと打ち込まれる。それと同時に、ベルト型装身具の中心機構もワイヤーを取り込み始めた。

「──ぐぁッ!」

 しかし貨車の重さに耐えられなかったのか、段々と縦穴の方へ引きずり込まれてゆく巨剣。ジャックは咄嗟に彼の胴体へとしがみついたのだが、二人の重しを合わせても釣り合いそうにない。


「もう少しだけもってくれよ……! 今、()()()()の安全装置を──」

 巨剣は自身に言い聞かせるように唱えながら、揺れ動く手を足元へと伸ばす。

 上階での一連の騒動に反応したイナゴは激昂し、甲高い音で威嚇する。鳴き声に呼応するように駆け上がる奴の足音が残骸の揺れとなり、建物全体を激しく伝わる。

 地震のように緩やかに強さを増す振動。そして突如、床を穿つような強い衝撃が加わった。イナゴが階下の天井に体をぶつけたのだ。

 二人はその揺れに対応しきれず、体勢を崩してしまう。底に落ちる紙一重で地面の出っ張りと巨剣の腕を掴んだャック。ミイラ取りがミイラになる事態は避けられたのだが、突然のことだったからこそ、二人とも上手く受け身が取れていなかった──重い。手足がついている。取り敢えず自分は無事らしい。

 ジャックは巨剣を見やった。だが、反対側の腕は、力なくただぶら下がっている。転んだ時の衝撃で、巨剣は気を失ってしまったようだった。

 

 貨車、巨剣の便利屋、そしてジャック自身。全ての重さを一挙に請け負っていることなどつゆ知らず、装身具は容赦なくワイヤーを取り込み続ける。

 幸か不幸かまだ貨車は落ち切ってはいなかったが、装身具が貨車を巻き取りきるのか、或いは途中で外れてしまうのか……どちらにせよ、二人の身体が四散するのも時間の問題だった。

 徐々にジャックの全身が引き延ばされる。腕からはミシミシと、筋繊維の千切れる音がする。


「あ゛ぁ! こんな所で気失ってんじゃねぇ、起きろよッ!」

 彼は必死になって巨剣を叩き起こそうとしたが、反応は返ってこない。力なくぶら下がったままだ。

 衝撃と金切り音が近づいてくる。なんとか身を捩って崖下を覗くと、既に目と鼻の先に奴がいた。死が目前に迫っている…心音が普段よりも、胸の奥で鳴り響く。


「もう、限界だ──」

 ジャックは全身に走る激痛に耐え兼ねて、或いは千切れて掴めなくなってしまってなのか、最後の命綱、岩肌を掴んでいた左手を放してしまった。

 

 だが、いつまでたっても身体が宙に浮くような感覚はしない。

「──泣き言吐いてんじゃねぇよ。

テメェが言い出したってのにッ、情けねぇヤツだな」

「……意識戻すまで、よく耐えてくれた」

 砂埃が至る天井から落ちる中、誰かが右足を軸に地面に立っている。斜めに傾いた視界の前に居たのは──巨剣が、ギリギリのところで目を覚ましてくれたのだ!


「落ちやがれッ! オンボロはオンボロらしく、汚ねぇ残骸(ゴミ)と一緒によォ!」

 巨剣が叫びながら腕に力を入れる。漸く貨車はレールから外れ、轟音と共に落下、イナゴは地面へと叩きつけられたのだった。


          * * *


 遠く離れた地面から、薄い砂煙が立ち昇る。

「やったのか?」

 巨剣が魂の抜けたような声を漏らす。さっきまでの騒がしさは噓だったかの様に静まり返り、外壁に空いた穴という穴からは再び陽の光が顔を覗かせている。


「……すまねぇな。アレ落っことすときによ、ベルトも一緒に外しちまったから」

 巨剣が申し訳なさそうに話す。確かに、あの装身具は婆ちゃんの遺した形見の品だった。それでもジャックにとって、自分の選択と行動によって悲惨な過去の連鎖を断ち切れたという事実と比較すればそれだけで充分だった。


 「そんなこと、どうだっていいんだよ……腕、大丈夫?」

 曖昧な自分の感覚よりも、話からして危険な装身具を使った巨剣の方がジャックは心配だった。

思い立って行動したのだとはいえ、巻き込んだ上尋常で済まなかったのなら立つ瀬がない。


「お、オレか? オレはまぁ、このクソッたれの()()のお陰で問題ねぇ。

それによ……」

「約束事があるからな、こんな処でくたばるわけにはいかねぇんだよ」

 腕を体の方に寄せて、グルグルと回す巨剣。ただその威勢の良さはジャックを見て一変する。

「オマエの方がヤバそうだぜ? 血だってドバドバ出てやがるしよ……あとちょっとで千切れそうじゃねぇか」


 恐々とした巨剣の指摘で、右腕の感覚が優れないことに気が付いたジャック。それでも、全身から血の気が引くこの感覚を何とかするよりも今は先に、イナゴにトドメを刺さなければならない。

 

 激痛の走る左腕でボロボロになった右腕を抱え、残った力で何とか体を奮い立たせて穴の方へと歩を進めながらジャックは話す。

「……まだだ。あんな瓦礫に押しつぶされただけじゃあ

ヤツは死なない」


「おう。トドメはさっさと刺してくるから、オマエはそこで休んどけ。終わったら止血しに戻ってくる」

 そう軽々しく言い終えると、巨剣は腰のベルトに手をかけて、例のワイヤー銃を構える。

「今回の依頼はクライアントから保険が下りてるからな」

「……訳あって今は個人だからそこまではずめねぇけどよ、それくらいの怪我なら何とかしてやれる」

 安全装置を解除して、二、三度フックを引っ張った後、顔を少し傾けて呟く。

「今時こんなお人好しの同業者がいるなんてな。

それにステゴロで戦うなんて、めでてぇ頭してるよ」

 ぶつくさと言いながらも彼は、慣れた手つきでワイヤー伝いにスルスルと降りて行った。


「やった、やったよ……婆ちゃん」

「俺は勝った! 自分の()()でやっと、運命に逆らえたんだ……」

 全てが終わったという達成感と同時に、ジャックの強張る全身を解き、途端に脱力感という名の現実感が包み込む。

 それまで意識の外にあった、節々の痛みも同時にジャックへ襲い掛かる。が、今の彼にとってはそんな些細な問題などどうでも良かった。

 あの日、誰かの血に塗れて立てた、”誰も不幸にさせたくない”という誓いの成就。それほどまでに彼は、過去にケジメをつけて報われるこの瞬間を待ち望んでいたのだ。

 

 キャラバンにいたあの少年の笑顔も、彼の周りにあった幸せも、何一つ壊させることはなかった。だけれど、まだ終わっていない。

 ”陽が沈むよりも早くに、彼らの元へ戻ってエフォロイに帰らないと”

 ──そんなうわ言を思い浮かべていた矢先だった。轟音が縦に貫き、旋風が巻き上がる。


 

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