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♯3 悠久なる罪の遺産

──火が貴様を焼き尽くすだろう。剣が貴様を切り倒すだろう。さながら、若い蝗が目の前にある物を平らげるように、敵が貴様を食い尽くすのだ──

 ──見上げると、古代の摩天楼が虚ろな影を落としている。


 残骸に貫かれた大きな空洞の下、一足先に目的地へと辿り着いたジャック。

 その仕事上、陽が沈むよりも前にこなさなければならなかったわけで、昔から脚の速さには自信があった。それでもなお、イナゴが持つ強力な触角(センサー)が相手なのである。この程度の距離では、奴は追跡をやめることはないだろう。

 彼はコンクリートの柱に隠れつつ、半身を覗かせ外の様子を窺う。


 ──地平線に程近い所、砂塵を巻き上げながら近づいてくるヤツの姿が見える。

「…よし、うまく誘導できたみたいだな」

 ヤツをここへおびき寄せることには成功した。が、ゆっくりと考え事が出来る程の時間は残されていない。あの調子だと、数分もしない内にここへとたどり着くだろう。手っ取り早い内に取り掛からないと…。


          * * *


 砂の大地が広がるだけの、それ以外の何物も姿を現さないこの場所にただ唯一そびえ立つこの残骸は、残骸と呼ぶには保存状態の良い高層の廃墟だ。少なくとも俺含めた盗掘者や探検家らが解体出来ない程度の硬度をもつ特殊な合金を用いて建てられているようで、落陽の灼熱からも、吹き付ける砂嵐からも耐え続け、剥き出しの構造のせいで多少の劣化はあるものの、建物としての原型を未だ保っていた。


「ゼェ…で、その()()ってのは一体何なんだ…?」

後ろの方で巨剣が、切らした息を整えて言う。

 

 ──前に俺は、この場所を漁ったことがある。

 砂漠のど真ん中にこれほどの存在感を放つ建物があるわけで、一介の屑拾いとして恰好の的だったこの残骸。あの頃はまだ未熟だったから、残っているだけの使えるものとそうでないものを見分けて分解することも、一回で大量の屑鉄を持ち帰ることもできなかった。そのせいで大体一年くらいは、ここと家を往復し続ける生活を送っていたといっても過言ではない。だからこそ、漁れる分だけ漁り切ったこの残骸の構造はよく知っていた。


 ジャックは簡潔に、イナゴを無力化する方法を説明する。

「──要するに、この空洞を出来る限り高く登った先から叩き落すんだよ。いくらヤツのあの装甲でもでも、あれくらいの高さから落ちたのなら、飛ぶことの出来ないヤツはタダじゃ済まないと思うんだよね」

 この残骸に穿たれた縦穴は20階層をゆうに超えて続いている。上に先回りした後、ヤツが登ってきたところをどうにかして突き落とし、落下の衝撃で気絶(シャットダウン)し動かなくなったところをあの剣でトドメを刺す…これがジャックの()()だった。

 

 一頻りの説明をし終えた所で、巨剣が尋ねる。 

「…まぁ、オマエの言いたいことは分かったけどよ…どうやってヤツをそこから落とすってんだ?」

「いくら脚の一本がねぇからってあの野郎が勝手に滑って落ちていくだなんて思えねぇし、床だってイナゴ一匹が暴れたくらいで崩れる程ヤワじゃねぇだろ?」

 長い年月の、あらゆる外傷から耐え続けてきた残骸だ。こう考えるのにも無理はない。たかだかイナゴ一匹が暴れた所で床が抜けるようなことはないだろうし、仮にあったとしてこっちも無事では済まないという点で本末転倒だ。


 頭上を見上げたジャック。残骸の中心部に空いた大きな空洞を見つめて、あの日々の記憶を思い返す。

「…一つだけだけど、心当たりがある。ただここで説明してたら、ヤツに追いつかれてしまうだろうし先に登ろう」

 ハバーサックから鉤縄を取り出し、それを上に投げようとしたジャックの肩を巨剣が掴んで制止した。


「まぁ待て、今からそうやって縄ひっかけて登って行っていったとした所で、追いつかれて蹴とばされるのがオチだ。だからよ…」

 そう言うと彼は、徐にベルトから何かを取り外す。そして、その銃のような物を天井へ向けトリガーを引いた。次の瞬間、銃口からは弾丸ではなく、フックのついたワイヤーが放たれる。


「それ、もしかしてグラップリング・ガンってやつ?マジかよ!実物は初めて見たけど…かっけぇ…」

 工房製のワイヤー銃は、喪われた技術や遺物を用いて組み立てられた高度な工房技術の結晶であることから相応の高級品で、俺みたいな流浪者にとって垂涎の品だ。腕の立つ便利屋は皆コレを持ってるって聞いたことはあったけど、いざ実物を目の前にすると興奮が収まらなかったものでつい本音を漏らしてしまった。


 噂でしか聞いたことのないようなレア物であるそれを、自慢げに見せびらかす巨剣。待ってましたと言わんばかりに目をキラキラと輝かさせて、水を得た魚のように演説を始める。

「そうだろそうだろ?便利屋をやるってなった時にオヤジがくれたんだよなコレ!なんてったってコイツはあの歯車工房の最新式でよ?射出機構にホイヘンスⅡ型原動機が採用されているから従来の蒸気噴出によって出力を誤魔化していたモデルよりも耐荷重や付属品の少なさ、射程も射出速度などあらゆる面が大幅に良化しているのは勿論だな?その上ワイヤーの伸縮性や剛性もタクティクスから見直されて向上した上なによりも歯車工房特有の特殊合金製の歯車がその細部に用──……」

 あたかも自分が褒められたかの様な、誇らしげで得意げな剣幕で、いかにこの歯車工房製のグラップリングガンが素晴らしいかを延々と布教してくるのだった。

 …あまり時間がないって言ってるだろうがこの野郎。

 

 呆れ果てたジャックは、なんとかして口を遮る。

「…それがいかに凄いのかよく分かったよ…分かったから早く行こう…急がないと、ヤツに()()()()()()からな」

 

 俺の怒りを交えた言葉を聞いて、巨剣がようやく、その止まることを知らない礼賛から冷静を取り戻す。

「ちょっとだけ気を使ってやらないといけないけどよ?それもギャップ萌えっつうかだな?…って…そ、そうだったな…悪い悪い…ついいつもの癖で…」

 巨剣はバツの悪そうにしていたが、気持ちを切り替えてトリガーに指を掛ける。

「よし…いいか、絶対に手離すんじゃねぇぞ!命の保証はしてやれねぇからな!」

 ジャックの右腕をしっかりと掴んで、巨剣はトリガーを再び押し込んだ。すると、銃口はまたとない勢いでワイヤーを取り込んでゆき、二人は宙釣りになって上へと昇り始める。

 

 そう…たったの一本だけではあったのだが、ジャックは自身の記憶が編み出したこの一本のクモの糸に賭けてみることにした。


          * * *


 さながら巨大な砲で貫かれたかのような、中心に空けられた大きな縦穴を上へと昇ってゆく二人。ボロボロになった壁の合間から、昇りゆく彼らを尻目に巻き上がる砂塵がこちらへと距離を縮めていくのが見える。


「…おい!一体どこから突き落とすってんだ?いつまでもこうしてぶら下がってられるワケじゃねぇんだぞ!」

 焦りからか、痺れを切らして不満を漏らす巨剣。遠かった天井へと着々と近づいてはいたものの、残された時間は少ない。


「…ここだ、着いたよ」

 地上から二十数階層昇った先、縦に穿たれた空洞の終わりには見覚えのある景色が広がっている。吹き抜けになって繋がった最上階の、奥の方に敷いてあるレールの上には、ジャックの記憶と全く同じ状態で、かの憎たらしい程に大きな貨車が居坐っており、あの頃と変わりなくそれ以上先へ進むことはできないままだった。

 

 例のワイヤー銃をベルトへと納めた巨剣が、唖然とした表情でそれを見つめる。

「なんだよコレ…なんでこんな高ぇ所に貨車なんてあるんだ…?」


「この先がどうなっているのか見たことはないんだけど、外から見たら連絡橋が架けられていて、その反対側にも建物があるんだよね。多分、工事でもしている最中に巻き込まれたんだろうな」

 反対側にある建物の地上部分は完全に潰れてしまっており、下から入ることは不可能だ。頑丈な基礎のせいで橋周りの部分だけが取り残されてしまったのだろう。

「ヤツが登ってくるタイミングを狙って、良い感じに頭上に叩き落としてやれればいいんだけれど…」


「そういうことならオレに任せろ!これくらいの貨物なら担いでやる…よ!」

 巨剣が得意げに話し、腕からガシャガシャと音を鳴らした後に袖を捲って貨車を引っ張り出そうとする。が…それでも持ち上げられそうにはない。

「…ックソ…ダメだ。ビクともしねぇ…何入れてたらこんな重たくなるんだよ…」

 

 その後、二人で引きずってもみたが、あの頃と同様やはり力業ではどうしようもなさそうだ。

「…あの銃を使えば引きずり落とせるんじゃねぇの?」


「ダメに決まってんだろ!コイツの耐荷重量は1000kp(キロ・ポンド)までだってさっき言ったじゃねぇかよ!」


「そ、そうでしたっけ…」

 ジャックは困り果てた。あの頃と違って成長した自分に巨剣がいるならば、この貨物を動かせると思っていたのだが、どうやら甘い算段だったらしい。

 残された少ない時間の中で考え悩み抜くジャック、隙間から見えた砂塵が近づいてくる景色は彼ら二人を焦らせる。そして、極限の思考の中で彼は思い出した。


 ──反対側に行こうにも、この貨車が邪魔で通れない。かといって重すぎるこの貨車を引っ張り出せるほどの力があるわけでもなかったあの時の僕は、帰ったら婆ちゃんにこの事を相談したんだ。

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