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♯17 遊星が照らされる

 ──予定の通り合流した二人は、風化してなお勇ましい旧城塞門を後にする。


 出発から2~3時間ほど歩いただろうか、二人は反り出た岩陰の下で拠点を構えることにした。

「それにしよても、少し臭うが牛のクソがこんなに便利だなんて夢にも思ってなかったぜ」

 マイケルが干し肉を片手に、焚火の中心を枝で突きながら剽軽に話す。

「今まで砂漠には、あんなものを好き好んで買うイかれた奴しかいねぇんだと思ってたからよ、案外考えられてんだな?」


「んなわけないだろ! ここじゃぺんぺん草も生えないから、ああやって火を起こすしかないんだよ」

 ジャックが片目を擦りながら、眠そうに応じる。──マイケルの言う通り、夜の砂漠は寒い。真っ暗で何も見えそうにない位だ。いつ()()に襲われるか……。

 気を繕おうと努めつつも、ジャックはおどおどとした口調で話す。

「──本当に安全なのか? いくらマイケルが慣れてるからって、やっぱり夜は外に居ちゃあ……」


 焚火を挟んで反対側、ぼんやりと揺れる焔を眺めていたマイケルが、呆れたように溜息を吐き、語気を強めて怒鳴った。

「あのな、何度同じことを言えば気が済むと思ってんだ? 

確かに砂漠の夜はアブねぇ。けどよ、それはバケモノがうろつく地上か、洞窟や遺跡の奥に限った話だ」

「こうやって、洞窟の入り口にキャンプを構えてりゃ、盗賊を除いて誰にも襲われやしねぇよ

キャラバンも、俺のような流れ者も。皆そうやって生きてきてんだよ。分かったか? あ゛?」


「まだ二回目じゃんか……そこまで言うなら、分かったよ」

 ジャックはポンチョに身を包めて、寂しそうに堪える。──最近は妙な事ばかりで気疲れする。空飛ぶイナゴに、スラムでの日常……そして、婆ちゃんの教え。今まであった常識が、音を立てて崩れていく。

 あてつけに始まった異端審問、マシュー・ホプキンスとの激闘。アルトマイヤーに老婆……今まで自身を守ってくれた、揺り籠との永遠の別れ。今日だけでもこの比重。疲れた、眠い。それなのに、ジャックは全く眠れそうになかった。巣立ったばかりの若鳥は外の世界に、待ち受ける未知に怯えていた。全てを明かしてやらなければ、この虚しさが埋まることもないのだろうが……。

 自身の心を蝕む空虚を紛らわすように、彼はマイケルに話しかける。


「なぁマイケル。目的のヴァルトブルクってどんな場所なんだ?」

 不意なジャックの質問に、悩ましそうにしつつもマイケルは答える。


「……有り触れた工房の街だ。旧世界(ミットラー大陸)の企業が牛耳ってるから、アソコなら教会の目も届かねぇ」

 面白味のない説明にジャックは、不満そうな目でマイケルを見続けた。


「はぁ? 何が不満なんだ? これ以上何を話せばいいってんだよ……クソが」

「……故郷だ。オレの、たった一つだけの」

 

「故郷? 羨ましいな~マイケルには()()()()があって」

 故郷。これ以上ない、とてもいい響きだとジャックは思った。──守るべき場所、生まれた場所、帰るべき場所。それがふるさと……持ち合わせない尊い存在。


 マイケルは不思議そうな口調で、ジャックに問い返す。

「エフォロイは、オマエの故郷じゃねぇのかよ」


「うん、あそこは婆ちゃんと一緒に住んでたってだけ」

 ジャックは物悲しそうに答える。──婆ちゃんは、どこかの集落の路地裏で拾ってきたのだと教えてくれた。勿論エフォロイのことは好きだったが、本当の意味でふるさとではない。

「──だからいいなって、帰るべき場所がある事ってさ」

 ジャックは無辜を装い感情を漏らす。当たり障りのない会話が、見えない内に誰かを傷つけてしまうことなど露も知らずに。

 二人の間に再び、束の間の沈黙が流れた。未だ眠れそうになかったジャックは恥ずかしさから、気丈を装うマイケルをおちょくってやろうと思い声をかける。


「ねぇマイケル、コイバナってやつ? しようよ」


「……いい加減ヨイ子は寝る時間だ、さっさとネンネしやがれ」

 マイケルは動揺しつつも、じれったそうに応える。


「いいじゃん! 憧れてたんだよな~そういうの

今までやったことも無かったからさ」

 いくらジャックがまくし立てようとも、一向に乗り気にならないマイケル。痺れを切らしたジャックは、やむなく胸の内を打ち明ける。

「……眠れそうにないんだよね、全然。怖いからなのかな? 多分だけど……ははっ」

 しっかりしていなければという気持ちの反面、声が裏返る。どうしようもなく恥ずかしいのもあるが、ジャックはペダルを踏みきったまま語り出した。

「俺は──グレーテルさんがいいなって、初めて出会った時にビビっときたんだよね。

何ていうかさ、一度も会ったこともない筈なのに、なんだか懐かしい気持ちになるっていうか……

とにかく一緒に居ると()()()感じるんだ」

「いつか……俺の帰りを待ってくれる人がいるだとしたら、グレーテルさんになってほしいなって」


 マイケルは心底軽蔑したように、ジャックに冷たく罵声を浴びせる。

「いきなり何言い出すのかと思えば……呆れた。気持ちわりぃいんだよ、オマエ」

 そこまで言う必要もないだろうと内心傷つきつつも、焦りからジャックは囃し立てた。


「ほ、ほら、次はマイケルの番だよ? 今までに誰もいないってことはないだろ?

もしかして……楊さん? それとも、事務所の誰かだったり──」


「テキトウこくんじゃねぇ! 大体、何でオマエなんかにんな話しなけりゃなんねぇんだよ」

 マイケルは憤慨したが、例の如く沈黙が流れる。

「おい! さっきみてぇに黙ってりゃ話すってもんでもねぇからな! ったく……って」

 居てもたっても居られなくなったマイケル──このままコイツのふざけた調子に乗せられているとマズイ。しかめっ面で顔を上げてみると、お祭り男は静かに鼾をかいていた。

「ようやく寝てくれたか。コイツの面倒見てたってヤツは、さぞ大変だったろう……な……」

 目先で気持ちの良さそうに眠り込む彼と同じように、マイケルは不本意ながら重くのしかかる眠気に身を任せる。──とても長い一日だった。これほどに長く感じるのも久しぶりだな。

 何せ今日は、色々あって疲れた。まるで、()()()()()()()()が……あぁ本当に。


          * * *


 ───────────────────────

 

 何をやっている、何処まで這いつくばっていればいい? ──あと少しだ、何かが見える。

 アレは……きっと残存集落(シェルター)に違いない、絶好の機会だ。そのままでいい、前進せよ。殲滅せよ、破壊せよ、浸透せよ。


「うぐっ……クソ、クソ」

 割れるように痛む頭、意識が混濁する……寒気だってそうだ。

 そっと、自身の指先に触れてみる。──冷たい。身体が音を立てて、崩壊してゆくこの感覚。

「結局、みんなと同じように……かあさんのように、()()でシんじまうのかよ」


 泣き言を言うな。偉大なる連邦軍兵士は決して挫けない。何より今は、泣いていても仕方がない。

 散発的だが、銃声が聞こえるから……何処かでまだ同志(タヴァリシ)が戦っているんだ。ヤストレブの参謀本部は焼けていない。二千万の解放戦線兵士は死んじゃいない。希望は潰えていない、母さんも最期までそうやって──。


「コロしてやる、コロしてやる、蝗にゴミ蟲、イかれたギャクサツ者ども、すべて、この手で……」

 視界がぼやける。もう、何日も飯にありつけていない。飲み水だって、窪みに少し溜まっていた、ダメになったインクのように黒ずんだ汚水を啜ってからというもの、記憶になかった。


 忌み嫌う害虫の様に這いつくばって、何とか集落の家裏に辿り着く。──路地の先が良く見える。連中は、ウザったい程にいい暮らしをしてやがった。何の苦労もない、不自由もない、苦痛もない。幸せそうなツラだ。全てを踏みつけにしやがって、奪い取った土地で……のうのうと生きられると思うなよ。

「……ない……おとした……のか」

 最後の力を振り絞り、腰に手を当てる。だが、ない。破片手榴弾、ポーチにかけてあった筈だ。這いつくばっている内に、どこかで落としてしまったのだろうな。流石のカラーシニコヴァも、弾がなけりゃタダの鈍器でしかないのに。

「……」

 それを悟った瞬間、何か大事な糸がプツンと切れてしまった気がした。溜息を吐きたくても、その気力すら捻り出せそうにない。クズ共の額に鉛玉を撃ち込んでやることすら、最早かなわない夢だった。


 意識が遠のく。誰かの足音が、こつこつと近づいて来る。──ここまでやって来て、最後は無様に犬死かよ。せめて、オマエだけでも。

 地を踏む音の感覚が短い、子供か? やめろ、来るな。何で近づいて来たんだ。殺されるかも、しれないのに……。


 小刻みに震える誰かの手が、額にそっと当てられる。……小さくて、冷たい。

「なんてこと……! ひどい汗、ねつだって、それにこのはん点……

まっててね、すぐにもってくるから」


 少女はそれだけ言い残し、そそくさと去って行く。──大人へ知らせにいったのか、ああそうだろうな、賢明な判断だ。劣等種(ウンターメンシュ)の処理はいつだって、オトナの男か蟲がやっていたのだから。


          * * *


 ──このままくたばっちまえば良かったのに、再び目を覚ましてしまう。どうやら、何処かの建物の中、その屋根裏らしい。

「……! ようやく目をさましてくれた……」

 寝台から体を起こすと、目の前には声の主と思われる女の子がいた。

 それは小さい、すぐにでも壊せてしまいそうな程に小さい体に。今すぐにでも葬り去ってやりたい、落ち着いた赤とシックな色で飾られた民族衣装(ディアンドル)を身に纏いながら、目を丸くしてこちらを見つめてくる。


「……見せモノじゃ、ないからな」

 腹立たしい筈なのに、内心可愛らしいと感じてしまうその顔へ、突っぱねる様に悪態を吐く。──ここは何だ? カミサマは、カリノフ橋を渡ってなお辱めようとこんな事を……。

 煮え立つ胸の内と反して、その女の子はにこやかに微笑んで見せ、嬉しそうに話す。


「やっぱり……()()()()()だったのね! 

おじい様が言ってたの、あなたのような方のために、この薬を使ってあげてって」

 古びた寝台の横にあるスツール。その上に、鉄製の注射と薬瓶が置いてある。今にして思えば、アレは何かしらの抗生物質だったのだろう。


 思い返すと、喉の渇きも露に消えていた。頭の痛みはまだ、鳴るように響いていたが。

「……タスけてくれたのか? なんで……」

 同胞を鏖にして、故郷を灰と()()の大地に作り替えた張本人……。訳が分からない。目の前にいるヤツは、彼女たちにとってもクズ同然の存在だった筈だ。それなのに少女は、助けを差し伸べた。


「こまっているひとを助けるのに……りゆうなんてひつよう?」

 少女は軽々と言い放って見せる。後ろ手を組んで純粋無垢な顔のまま、やんわりと首を傾げながら。

 それで理解した。何も知らないんだ。見てきていないから、そんな夢物語を話せる。でも……だからと言って、実際にやって見せる大バカ野郎を見たのは、これが初めての事だった。ただ困惑するしかない。憎たらしい存在である筈なのに、明るく振舞う彼女をいつの間にか、心配してしまっていた。

「……どうなっても知らねぇからな。こんなコト、テメェのナカマはゆるしちゃくれないぞ

それに、その気になればいつだって……」


 いつだって叩き潰せる。武器なんてなくとも、いつだって──脅迫を口に出そうとしたその時、腹がぐぅと、情けない音を立てる。そういえばここ数日、何にもありつけていなかったことをすっかり忘れていた。この時、自分がどんな顔をしていたかはあまり想像したくない。泥を塗りたくなかった。バカなりの誇りで、強がりで。目の前の敵に情けない姿を見せるだなんて、これ以上に恥ずかしいことななんてなかったからだ。


「あはっ! やっぱり、おなかがすいていると思った。わたしも、ちょうどお昼時だから

良かったらこれ……朝、おかあ様と一緒にやいたの。あなたのお口に合うかわからないけど……」

 少し遅れて、鐘の音が鳴り響く。──頭の中でジンジンと、随分と大きい音だな……鬱陶しいんだよ。

 信用など出来るはずもなかったが、空腹に耐えかねて、恐る恐る彼女の両手に置かれた菓子に手を伸ばす。爽やかで、とても甘い匂いが鼻を通り抜ける。そのまま何も言わず、ただ無心で久しぶりのご馳走にありつき続けた。


「たべてくれてるってことは、おいしいってことでいいのかな……?

とにかく、よろこんでもらえてよかったわ! ゲベックっていうの、香りにげっけいじゅの葉っぱをねり込んでいるからとてもいい香りがして……」

 両目を閉じて蘊蓄を話す彼女に、右手で菓子を頬張りながら左手を差し出す。

「……マズい、もう一こ」

 仇敵に情けをかけられたみたいで酷く嫌だった。だから美味しいと正直には言わなかった。いや、言えなかったんだ、いつまでも、永遠に。憐れな木偶の坊を少女は、ただ呆然と見ている。


「ふつう、おいしくもないものを、おねだりなんてしないのよ?」


「だ……だって、おいし──ッ!」

 口に指を当て窺う少女。思わず本音が出そうになって、慌てて口を噤む。勢いで、喉にゲベックが詰まってむせ込んでしまう。彼女はタジタジとした姿を見て、小悪魔の様な笑みを浮かべながら、はきはきと話した。


「ふーん、へんなの。でも……わかった! ゲベックならまだまだたくさん余っているし

わたしもね、おいしいと思ってくれるひとに食べてほしいもの」

 少女は得意げに話し終えて、階段の下へ消えかかる。言い返そうと、詰まった菓子を急いで飲み込み、未だ正直になれない言葉が喉の辺りまで出かかったその瞬間、彼女は脚を止め、さながら全てを読んでいたかのように遮る。


「わたしったら……すっかり、わすれていたわ

初対面の方には、じこしょうかいをしなくちゃいけないのよねっ」

 口に手を当てて呟いた少女は、階段の最初の段差を折り返してゆっくりと振り返る。そして、陽の光の様に眩い笑顔のまま、胸に手を当てて語った。

「わたし、ローリエっていうの。げっけいじゅの葉っぱからとってローリエ。よろしかったら、ローリーってよんで。

ここはとけい台のうら、めったにだれも来ないわ。だから、あなたがじゆうに使って……」


 何のリアクションもみせない来訪者に向かって、彼女……ローリエは言葉を区切り、ぎこちなくお辞儀をして見せる。──コイツを隠れ蓑にして、しばらくの間再起を見計らってやろう。そんな邪な考えを脳裏に巡らせていたのが嘘だったかのように、トボトボと去りゆく小さな背中目掛けて声をかけた。……違う、ローリーは他の奴らと違っていた。暖かいんだ。あらゆる全てを喪って、真っ暗で見えない行き先を彼女だけが……ずっと、照らしてくれていた。


「……! まって! オレは──」


───────────────────────

 

 

 

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