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♯15 簒い奪われる

 ──同じ人のようで違っている、異様な姿をした命の恩人がジャックらの前に立ちはだかる。

 

 顔の横ではなく帽子を突き破って頭に乗っかっている動物の様な耳。それに、腰の下から伸びる長い白色の尻尾。稀に砂漠で見かけるジャッカルのようで……それの耳よりも若干短くて丸い形状をしている。


「……獣人か、何しに来やがった」

 巨剣、改めマイケルが面倒事にでも直面したかのように辛気臭く尋ねる。


「んー、そんな言い方はなくない? 一応、アレから助けてあげたんだけどな」

 獣人は首を傾げながら、不満そうに答えた。


「嘘つけ。オマエが持ってるソレ、シリンダー・オートマチック製のガンブレードだろうが……

しかも、わざわざカスタムまでオーダーメイドの特注品ときた」

「テメェも便利屋なんだろ? それもかなりの腕だ。

善意で誰かを助けるだなんて、んな馬鹿な真似は()()にしねぇ」


 重度の武器オタクだったのが良く働いたのか、察しのいいマイケルを見てその獣人は態度を変える。

「獲物にトドメも刺せないくらいだし、てっきりシロウトかと思ったんだけど」

「…そこらのゴロツキじゃないみたいだな、名前は?」


「テメェみてぇな怪しいヤツに、そう易々と教えるわけねぇだ──」


「マイケル・スタックベッターさんです。それと、こちらのポンチョを羽織っていられる方はジャックさんです。二人して私たちを助けてくださいました」

 グレーテルは容赦なく、マイケルの発言に割り込み名前をあっさりと喋る。


「お、おい、グレーテルさんよ……

そんな簡単にバラさねぇでくれねぇか? この業界じゃ名前ってのはだな……」


 心なしかジャックの無謀への対応と比べて語気が丸くなっているような気がするマイケルの発言に、グレーテルは安心してくれとでも言わんばかりにニコニコとしている。

「大丈夫ですよ、この方……楊さんは味方ですから」


ヨウ()、よろ」

 しく、とまで言い終えるよりも前に、雑にヨウと名乗るその便利屋は、慣れた手つきでシガレットを咥え直し、左手で支えながら吹かし始める。

「フゥ……おい、阿保」

 ヨウは煙を吐きそう呼びかけると、ジャックの方へと顔を向ける。


「え、アホって……俺の事?」


「身の程知らずの死にたがり、だから阿保。

……アンタ以外に誰がいると思ってんの?」

 尤もだと言わんばかりに、マイケルが小さく頷く。

「アホのジェイク、格闘戦で優位に立つ為にはどう動く」


「は、はぁ……

適切な間合いを保つこと、とかじゃないんですか」

 突然始まる意識もしていなかったような行動に関してのクイズに、ジャックは困惑しながらも何とか答えを練り出す。だが、彼女が顔を顰めたのを見るに、求めていた答えはこれではないらしい。


「違う、それは常。どうやったら鼠が、猫に掌底を打つのか聞いてんのよ」

 

 ジャックは今までを振り返る。こんな目にあうのは別に、今回が初めてというわけでもなかった。それ故に、彼は自身で自然と、戦いのドクトリンを編み出していた。

 ──所詮はネズミ、その日暮らしがやっとなスラムの貧乏人。……そもそも、普段から喧嘩に明け暮れているわけでもないから必要ないのってのもあるけど、工房製の武器なんて高級品、買えるわけがなかったし扱い方だって知らない。だが……確かにイナゴは規格外だったとはいえ、厄介事に巻き込まれでもした時、相手も同様に素手で戦ってくれるというわけではないのが現実。

 得物を持っていれば、それとも自身より強者なのならば。リーチや練度で負けている以上単純に戦えば勝ち目はない。だからこそ、常に相手を隙を出し抜き隙をつかなければならない。

「……攻撃を誘い出して、隙が出来たら踏み込む。

そして、一撃でも打った(ヒット )ら、再び(アンド)距離を取る(アウェイ)

「──少なくとも今まで俺は、こうやってスラムで戦い生きてきた」

 ジャックはちょっと格好つけて言ってみた……まぁ、今回は相手が更に上回って来て、全然通用しなかったけど。


「ふっ、三・歩・必・殺か」

 ヨウは小声でそう唸ると、満足そうに朗笑する。

「いいじゃん、気に入った。

さっきのノッポとの戦いも観てたけど、アンタなかなかいい筋してる」


 ジャックは砕けた表情を見て安堵する。しかし、褒めてくれたのはありがたいのだが、流れるように言い放った事実には違和感があった。

「ありがとうございます? ……ってか、厚かましいようで悪いけど

ずっと観てたんなら、もっと早くに助けてくれたって」


「……やっぱりアホだね、便利屋がタダ働きの慈善事業なんてするわけないじゃん」

「良い所だったってのに、身の丈知らずの()()()が邪魔するんだから興覚めした」


「良い所……ってあのままだったら俺、処刑されてたじゃんか……」

 思った通りの返答に、ジャックは一周回って安心感を憶える。ミハイ……話の流れと語感から察するにマイケルのことだろうか? さっきからこの人、イカれた思考回路もそうだが、言い回しが中々独特な上、なぜか人の名前を普通そのままで呼んでくれない。

 マイケルも気づいたのか、変わったあだ名について戸惑いながらも突っかかる。

「は、はぁ?! 誰がミハイだ! んなジジイみてえな名前じゃねぇ!」

「それにオレだって良く分かってら……

便利屋が自分のものじゃねぇソリにわざわざ乗るだなんて、んなマヌケな真似」


「思いっきり乗ってんじゃんか、他人のソリ。

傭兵だってのにマイケルは変わってるな~」

 

「ふざけんな! こっ、今回のは特別だ! 普段なら絶対……

てか、オマエだけには死んでも言われたくねぇ!」


 二人の漫才が終わるのを見計らって、グレーテルは顔に影を落としヨウに尋ねる。

「楊さん……スチムは、大丈夫なのですか?」


 ヨウは意図的に、グレーテルと目線を合わせようとしない。建物の上、遮られた空を見ていた。

「……ああ、あのジャリ」

 仲間である筈なのに、二人のやり取りはどこか余所余所しい。

「アイツなら無事なんじゃない? 話聞いて、後は医療班どもに任せたから知らないけど」

 ヨウはそこまで話し終えると、積もった灰を落とす為シガレットを一旦口から外す。そして、横目にグレーテルを睨み付けた。恐ろしさこそ感じるものの、怒りではない、憐みの目だ。

「アイツ、カンカンだった。焼きリンゴみたいにドロドロ。今度は許してくれるか分かんない」

「……アレはアレなりにグレッチェンのこと、気にかけてるんだと思う」


「ごめんなさい……スチムには私から、しっかりと謝ります」


 一本目がまだ残っているにもかかわらず、吸い殻をマシューの羽織っていたコートへと投げつけた後、ズボンのポケットから二本目とライターを取り出し火をつけようとする。

「優しいのが悪いとは言わないけど、()()はいつもそう。

ジブンを顧みなさすぎ」

「グレが他人のことを大事に思ってるように……グレのこと、大事にしているヤツも居るんだから」

「アンタまで消えてしまったら

アレにはもう、誰も居なくなってしまうって分かってんの?」

 最初に受けた印象とは正反対の、浮かない表情を誤魔化すかのように、ジッポライター(蓋付きオイルライター)で火をつけたばかりの二本目のシガレットを咥えて、ヨウは深く息を吸い込んだ。


 グレーテルにとって、自身の優先順位は誰よりも低い位置にあるらしい。──あの時だってそうだった、自分がどうなってしまうかなんて考えてすらない。俺と似ているようで、どこか違っている。

 自己犠牲といった言い方も出来るだろうけど死に急いでいるようにも見えて、どこか儚い。


「にいちゃーん!」

 ヨウの忠言によって淀んでしまった空気感は、突如として遠くから発せられた黄色い声によって打ち払われる。多少掠れていたその明るい声のする方に顔を向けると、ターバンを巻いた男の子がこちらへと駆けてくるのだった。


          * * *


 グレーテルはその姿を見た途端にまた顔色を変えて、心配そうに声をかける。

「そ、そんなに無理したらダメ!まだ、完全に治った訳じゃ…」


 忠告を聞かなかったからなのか、子供はこちらに辿り着くや息を切らし喉を抑えて苦しそうにもがく。

 ──傍らで治療していたと思ってたんだけど、治癒しきった訳じゃないのか?


「おい…だ、大丈夫か?こいつはどうなってやがるってんだ…」

 

「こうなってしまうから言ったのに…待ってね」

 過程を知らないからなのか動揺するマイケルを余所に、グレーテルは真剣な表情で、再び()を唱える。元気を取り戻したからなのか、ターバンの子供は屈託のない笑顔でこちらを見上げた。

「ねえちゃん、すごいんだよ!こうしてもらったら痛いのだってぜんぶ吹き飛んじゃった!」


 グレーテルは呆れたように語りかける。

「もう…だからって今度はありませんからね?

当分の間は絶対に無理しちゃダメ、分かった?お姉ちゃんとの約束よ」

 子供はグレーテルと指切をした後、彼女に思いきり抱き着くのだった。

「きゃっ」


「おいガキ、いきなり何しやがるんだ!…グレーテルさんも嫌がってるだろ」

 マイケルは反射的に、子供の行動を鋭く指摘する。


「ご、ごめんなさい…でも、ふるさとじゃありがとうって伝えたいときは、こうやってハグするから…」

 ターバンの子供は申し訳なさそうにして後退る。


「…アンタら、()()()からわざわざ歩いてきたってワケ?」

 ヨウが疑心を募らせて、子供へと問い質す。


「うん!でも…ふるさとは()()()にのまれちゃったんだ」

 子供は簡単そうに言ってのけるのだった。

「もう出発しなきゃだったんだけど、おかさんがちょっとだけならってゆるしてくれたんだ」

 ──それでわざわざ、感謝を伝える為だけにやってきたのか…

 恐らくこの子供がいるキャラバンは商業をしているのではなく、去り際に持って行った物を売り捌きながら新天地を探しているのだろう。

 

 事情を察したグレーテルは、母親のように優しい顔つきで抱擁する。

「やったー!治してくれてありがと!ねえちゃん」


「ふふ、貴方たちの旅路にも幸があらんことを」


「よっしゃ!俺も気合入れてハグするか!どんとこい!」

 ジャックは子供を抱き上げて、3、4週ほど回転する。ただ、少々やり過ぎたようで子供は目を回してしまう。

「ご、ごめん…やり過ぎた。大丈夫?」


「にいちゃんも、二回も助けに来てくれて…ありがとうっぷ…」

 子供はフラフラとしていたが頭を急いで横に振り、平衡感覚を治した後にヨウの方へと駆けだす。


「……なに」

 楊はシガレットを口から離し、鋭い目つきで見下ろしながら子供に問いかけるが、言うまでもないといわんばかりの、キラキラとした表情で見上げてくる子供に根負けしたのか身を預けるのだった。身長差があり過ぎるのもあって、子供は脚に抱き着いている。

「アタシ、アンタに何かしたっけ?」


「だ、だって、おねえさんだけ仲間はずれじゃかわいそうだもん」

 言われてみればヨウさんは別に、子供に対して感謝される様な事は何もしていなかったのだが…ターバンの子供が言った、純粋な回答に返す言葉は見つけられそうにない。

「あっそ」

 ヨウは素っ気なく呟き、そっぽを向いてシガレットを口に戻す。


「満更でもなさそうだな、あのメスイヌゴリラ」


「凄いです! 楊さんにあれほどまでに気を許させるなんて……」


「なあマイケル、一応女性にゴリラは酷くない?グレーテルも何素直に感心しちゃってるんだよ

二人ともヨウさんの扱いが完全に猛獣じゃんか」

 3人でつべこべと野次を言い合っている内に、子供は残された最後の一人の前に来る。


「最後に、()()()()のにいちゃんも」

 最近知り合ったばかりとは言え、マイケルがそういった行為を歓んでするような奴だとは思えなかった。だからといって実際は、面白い所が見られるかも知れないといった程度の事しか考えていなかったのだが…。


「……! やめろ!」

 しかしマイケルの恥ずかしがり屋っぷりは予想を大きく上回る。いや、最早その範疇には収まりそうもない。突然取り乱したように叫び後退ったかと思えば口元を歪め、バンダナで目元がよく見えていないにも関わらず表情からは恐れが滲み出ていた。


「……どうした?」

 ジャックとグレーテルは怪訝そうな表情でマイケルを見つめる。2人の顔を見て現実に引き戻されたからなのか、彼も正気を取り戻す。

「いや、すまない。取り乱した」

「ご、ごめんよ?

どうにもハグってやつはあまり、好きにはなれないんだよな」

 あの反応、好き嫌いとかのレベルではなかったような気が……。

 空気を読まずからかってもいい場面でもあった筈なのに、彼のあの表情がこれ以上は踏み込んではいけないような気にさせた。


「……じゃあいいや」

 子供はしばらく黙った後、どうしてかマイケルに対しては特に粘ることもせずあっさりと諦める。

「それじゃあ、これ以上おかさんたちを待たせたらおこられちゃいそうだし、もう行くね」

「ねえちゃんも、にいちゃんも、のっぽのおねえさんも……あと、あたまツンツンのにいちゃんも。

ありがと!」

 手を振って走り去っていく子供を、ジャックは手を振り返して見送るのだった。


 子供の姿が路地に消えると、マイケルは調子の良さそうにしてぶつくさと文句を垂れ流す。

「……あのマセガキ。この際ツンツン頭って言いやがったのはもういいけどよ、他にはあれだけがめつかった癖してオレの時はあっさり諦めやがった」


「いいんだ……まぁ嫌だったのなら別にさっぱり諦めてくれて良かったじゃんか。

相変わらず面倒くさいな~もう」


「別に()()()()()って言える程一緒にいねぇだろうが!

なぁ、グレーテルさんだってそう思って……」

「……あれ、どこいったんだ? あの人」

 さっきまで一緒に話していた方を振り返っても、そこにグレーテルはいない。辺りを見回すと、彼女はマシューが倒れている傍に座り込み、手を合わせて祈っていた。


 ジャックは屈んでいるグレーテルに、祈りの邪魔にはならないよう静かに近寄る。こんな奴らの為に何故祈りを捧げるのかといった疑念が浮かび上がるジャックとは対照的に、彼女は真摯に死者の魂へと祈りを捧げている様子だった。

 足音で感づいたのか、グレーテルは姿勢そのままの状態で奇妙な事を口走る。

「この方はその昔、エクレシアエ(教会)に所属する弁護人として働いていたのだそうです」

「決して優秀とは言えませんでしたが……

貧しい人の盾となって、星を篤く慕う。とても、模範的な方だったと思います」

 突然としてマシューの事だと思われる過去の話を話し出すグレーテルに、ジャックの理解は追いつかなかった──それに彼女が、さも当たり前のことように、それをジャックに打ち明けるのも。


 ジャックは気取られたことに当惑するのだが、すぐさま問い質した。

「ちょっと待って、何でそんな事を知ってるんだよ。この人とは知り合いだったの?」

「それにマシューが、そんな高尚な奴だったなんて到底……」


 困惑する様子のジャックを見たグレーテルは、思惑が外れて怪訝に思ったかのような、どこか腑に落ちないといった表情で話す。

「貴方にはまだ、()()()()()()のですか?

()()()が刺さっていたからでしょうか? 私てっきり……」


「視える……って何が? そもそもどうして、俺がその…みえるって思ったんだよ?」

 確かに体験したことがないからこそ、グレーテルの話す情景は理解できないかった。にもかかわらず、彼女の話す内容からは、何故か心当たりがある気がしてならない。

 ──俺の頭の中を不意に、例の悪魔が残していった言葉が反芻する。

 何度思い返しても見当がつかなかった、()()()()()()()()()という言葉は、どういった意味なのだろうか?他の言葉や契約と違いこの小節だけは、額面通り受け取る事すら出来ていなかった。

 

 再び祈りを捧げ始める彼女を横目にジャックが思慮に耽っていると、突然童謡調の明るい音楽が流れてくる。

「ッチ、()()()()からだ」

 ヨウは苛立ちを隠さずに呟き、後ろポケットから携帯型の受話器のようなものを取り出すと、ゴミムシと呼ばれている憐れな人物と話すことすらせずに通話を切った。

「行くよ、グレッチェン。これ以上はもう待ってられないんだってさ」


「わ、分かりました!ジャックさんにマイケルさん…

あっ、すみません。少し待ってください!」

 グレーテルは急いで立ち上がり楊の元に向かおうとしたが、思い出したかのようにして、駆ける直前で立ち止まる。

「ジャックさん、あの子(ターバンの子供)にも伝えたことなのですが……

1~2週間程は必ず、無理は控えて安静にしてくださいね」

「苦痛を忘れることは出来ても、なかった事には出来ませんから」

 どこか物憂げに言い残して、グレーテルは楊の元へと駆け寄る。

「それでは皆さん、また近いうちに。ごきげんよう」


「ちょ、ちょっと待って! まだ聞きたいことが……」

 ジャックの懇願虚しく、二人は走り去ってしまうのだった。


          * * *


 遠ざかっていくその背中を、物惜しそうに眺めるジャック。

「……行っちゃった」


「どうしたんだ? 聞きたいことでもあったのかよ」


「無いこともなかったんだけど、はあ…」

 ──結局、これで手掛かりはまた得られず仕舞いだ。分かった事といえば、自分が教会から目の敵にされていて、なおかつ異端者扱いされてるという救いようもない事情が追加されたという事だけだろう。

「てか……俺はともかく、マイケルは大丈夫なのか?」


「大丈夫って、何がだ」


「マシューたちって、教会の使者なんだろ? あんな事までしでかして星辰の教会を敵に回したかもしれないってのに、何でそんなに余裕そうに振舞えるんだよ」

 マイケルはここに来てから終始、本人の不安症な性分からはとても考えられない程に、これから起こるであろう教会関連の厄介事を気にも留めていない様相だった。


「ああ、アイツらは別に使者じゃねぇからな」

「安息所のアルベルト、覚えてるか?」

 振り返っても彼にはいい思い出がなかったが、マシュー達とは異なる雰囲気を纏っていたのは確かだった。異様なのではなく、まったく底が見えないような忌避感が…。

「教会の使者や祈り手はな、あの生臭坊主みたいに首から特注のロザリオ(十字)をかけてやがる」

「だから、あの三人は別に教会所属の人間でも何でもねぇ

……誰かさんに雇われたならず者か、ありふれた狂信者ってのがオチだろうよ」

 その説明で自身の中で納得できたのもあるが、マイケルは妙に言い切ったように話すので、それが当たり前なのだとジャックは認識する。だがそもそも、一介の便利屋であることを自称し誇りに思っている彼がなぜ、わざわざ助けに入ったのかまでは分からなかった。


「ま、生き残ったってのにそんな野暮ったい事言っても仕方ないか」

「ありがと、二回も助けられる事になるなんてね」


「だから、感謝なんて要らねぇ。これも全部、自分の選択が生じさせた結果なんだからな」

「……でも、偶には誰かのソリにズカズカと乗り込むのも、悪くねぇもんだな」

 マイケルは感謝されることになれていないのか、照れ臭そうに小さい声で答える。

「お? ツンツンがデレた! こりゃ明日は雨が降るかもな~」


「ふざけっ! ……こんなくだらねぇ事で砂漠のど真ん中で雨降らせるなら、オレはとっくに恵みの女神様として崇められてるだろうよ」


「……?」ジャックはいつものフレーズを期待していたからこそ、二人の間に数秒間の静寂が流れる。ようやく周囲に気を回せる状況になったからこそ気づいたのだが、いつの間にか処刑壇に群がっていた野次馬の群衆たちは立ち消えていた。


 謎の間が空いたことで、マイケルがそのアイデンティティを取り戻す。

「あ……誰がツンツン頭だ!」

「この髪型、やっぱトゲみてぇにしか見えないのか」


「気にしてたんだ、それ」


「ああ、テメェに言われるだけならまだしもだな。悪気はねぇんだろうけどよ?

ガキンチョや……グレーテルさんにまでそう呼ばれた時は流石にグサッと来る」

 そう呼びたくなる彼らの気持ちは分からなくもない。正直に言って彼の外見的特徴で真っ先に目に入ってくるのは、落ち着いた色の革のダスターコートでもなく、頭に巻いた灰色のバンダナでも片目を隠す包帯でもなく、使い古しているのか継ぎはぎになった黒のインナーでもなく、背中に剣を収める為に着ているであろう大きなベルトでもなく……

 どうあがいても己の顔の長さよりも1.5倍ほど長い、上向きに固定された長い髪なのである。

「うーん……まあよく目立つし、いい集合場所の目印にはなるんじゃね?」


「バカにしてんだろクソが! 全然フォローになってねぇ!」


「スラム暮らしの俺が言うのもなんだけどさ……下して俺くらい短くしたら?」

 顔は良く見えないけど、輪郭が綺麗だった彼は、きっと今よりはその方が似合うだろう。


「いや、やっぱやめとくわ。オレは下すよりもコッチの方が落ち着くからな」

 マイケルはバンダナから飛び出た前髪を触る。

 二人の会話が途切れると、先ほどまでの賑わいは嘘だったかのように…広場は普段通り閑散としていたという事実がより強調されるのだった。

「皆、戻っちまったな。さっきまで、あれだけ盛り上がってたってのに」

「てかよ、あの三人がそうでなくてもさ。

もし、ここの人達が通報でもしたら俺達やっぱヤバいんじゃ……」

  

 マイケルの言う()()()()()()()でさえ、教会が関わっているというだけで力で渡り合うことは出来ないのだ。

 もし、教会が本腰を上げて俺を処刑しにでもやってきたのなら…どうなるのかだなんて想像もしたくない。だがマイケルは、またしてもジャックの不安を一蹴する。

「要らねぇ心配だな」

「大体、オマエが案じるコトくらい、オレが先に気付いていないとでも思ったのか?」

「……こうやって群がってくるヤツらも、皆結局は長いモンに巻かれてぇだけだ。

そうじゃなきゃよ、マシューの野郎だって、ワザワザあんな回りくどい事やったりなんかしねぇ」

「それにだ」

 マイケルは何かを喋ろうとしたが、思い当たることでもあったかのように口をつぐむ。


「それに……何だよ?」


「いや、いい。忘れろ」

 マイケルは誤魔化すようにして、話題を変えるのだった。

「あれだ、オマエには話してぇことがあったから会いに来たんだった」

「ただな……ここじゃ誰が聞き耳立ててるか分かったもんじゃねぇからよ?

だからどうしたものかなってな」


「ああ、あの伝え忘れたっていう…そうだ!なら丁度いいし、俺ん家に寄ってそこで話そう!」

「今回の分も兼ねて、ホッペルポッペルご馳走するからさ」


 マイケルはジャックに疑いの目線を向ける。

「なんだそれ、料理か? オマエにんな家庭的なことが出来るとは思えねぇんだけど

食っても大丈夫なんだよな?」


「婆ちゃんの秘伝レシピ本に残されてる奴をそのまま作るから、もう大船に乗ったと思っててよ」

 あれこれ話していると、兆度いいタイミングでマイケルの腹が鳴る。

「ああ……クソッ、他も思い当たらねぇし、泥船で覚悟するしかねぇのか…」


「なんだそれ……あとで後悔しても知らないからな? 飛ぶぜ」


「イノチがか?」


「違ぇよ!」

 かくして二人は、ジャックの暮らすスラムの家へと向かうのだった。


          * * *


 エフォロイ旧城塞街の道中にて──

「にしても綺麗だったな、あの人」


「……あのタンクトップメス犬ゴリラが?」


「いや、否定はしないけどね? ヨウさんだって綺麗な人だと思うしさ」

 上品な装束を身にまとった姿にその立ち振る舞い。当人の外見的容姿も美しかったが、何よりもグレーテルは心が綺麗だった。澄んだ川の水の様に透明感があって、ただそれでも……その底に足を着けることは叶わないミステリックさを兼ね備えている。

 生まれ持った気品高さからか、優しさからか、それとも併せ持つ危うさからなのか。ジャックはほぼ無意識的に、彼女に惹かれていた。


 マイケルはそれに感づいたのか、咎める様にしてジャックに忠告する。

「やめとけ、あれは()()だ」


「何でそんなマシューみたいな事言うんだよ…

それに、魔女なら駄目ってのか? 俺は気にしないけどな、そういうの」


 ジャックの惚気た発言にマイケルは呆れて声も出そうになかったが、彼の為を思ってなのかなんとか口に出す。

「あのな……教会の異端者だって、バカなオマエにも分かるように言った方がいいか?

テメェが気にしなくても向こうが許してくれるわけじゃねぇんだぞ。それに……」

 マイケルは一呼吸置いて、低い声でぼやく。

「魔女ってのは皆、早死にするんだよ」


「んな事言うなら、俺もマシューから異端者だって……!」


「あんなペテン師野郎の戯言なんか真に受けたらダメだ

オマエも観ただろ。ああやって無実の奴に謂れのない罪を吹っかけては

市民から金を巻き上げるのが連中のやり口だからな」

 マイケルは怒涛の勢いで是正する。だが、この件はアルベルトからも指摘されているのだと彼に対して言い切っていいのか、そこまで彼を信用していいのかを……ジャックは決める事が出来なかった。


「あの花、何て名前なんだろ」

 グレーテルの被る素朴な麦わら帽子を飾っていた、あの深い藍色の花。砂漠では花というものを見る機会がないのに、なぜか覚えがある。

 ひと際輝いて見えたからこそ、ジャックの脳裏に焼き付いて忘れられない。

「さぁな……とにかくもう、あの女の事は忘れろ。

関わってもロクなことにならねぇ」

 いつの間にかマイケルは、俯くジャックよりも遥か先を歩いているのだった。

 

 気になって後日調べてみると、花の名はワスレナグサというらしい。

 過度な光や暑さに弱い、とても儚い植物。花言葉は──”忘れないで”

 ここまでご精読していただきありがとうございます!

 最後の方、かなり詰め込み過ぎてしまいましたが…これにて第一章完結です。よろしければ是非、評価や感想、誤字や内容の指摘アドバイス等よろしくお願いします。筆者が喜びで血涙を流します!

 

 閑話と登場人物を挟んで始まる次章は、傭兵スタークベッターを中心に展開していくつもりです。

 素人の拙い文章であり改稿もかなり多い上、投稿も遅れてしまっているのですが

 …どうかこれからも、温かく見守ってほしいです。よろしくお願いします。

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