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♯12 騙られた罪咎

 ──帽子の男は度重なる邪魔に苛立ちを隠せない様子で、ジャックの方へと顔を向ける。


「何だって、今日はよく邪魔が入るもんだ……な」

 彼はこちらと目が合うと、苛立たしそうな形相から一転して、人当たりの良さそうなすました表情を浮かべた。

「ほう? 驚いたな」

「ネズミが、自分の方からノコノコと出てきてくれるとは……

”ひた走る罪の呵責は、告発者さえ必要としない”とは、よく言ったものだ」

 模造した笑顔を向ける処刑人、随分と外国風な言い回しであるその諺は、彼らの目的を補完するのに充分だ。

 帽子の男は腕を下ろし、ブローチをつけた彼女の腹部を強打した後、手を離す。地面に落ちた彼女は、その場に蹲り伏せ込んでしまう。


「このクソ野郎が! その人が何をしたってんだよ!」


「そうかっかするんじゃない、ミスター・ジャック。

貴様を処分した後、アレにも用があるからな。軽めのジャブを入れただけだ」


「……っ、スチム!」

 彼女は腹部を手で抑えながらも、なんとか樽に埋もれた自身の弟の方へと駆け寄り、少年の母親にやってみせたように片方の手を体へとかざして、自身の弟へ呼びかけ続ける。すると彼女の弟は、大槌による打撃が嘘だったかのように、露店の台にすがりながらもすんなりと立ち上がる。

「ぅ、姉ちゃん。くそ……あいつ等、捜査官(インベスティゲータ)だったなんて」

 

「スチム、治ってはいないのだからそんなに無理に立ったら」


「大丈夫、全然痛くないし。それに……」

「姉ちゃんのその怪我……今はあまり、ここから動いちゃだめだ。

あいつがホンモノの異端審問官なら……もう、ここら一帯見張られてるかもしれない」

「おいら、今のうちにヨウ姐を呼んでくる。待ってて、すぐに戻ってくるから」

 オーバーオールを着たその少年は、身体についた木屑と砂埃を払いのけて、突き刺さった場所から血を流しながらも、左右によろめきながら走っていった。


「あのアマ……やはり、忘却の魔女レーテーに違いない。だが、事情あって先に貴様の方から断罪しなければならないんでね」

「悪く思わないでくれよ? ”悪魔憑き”ジャック・ファウスト」


          * * *


 ──群衆の好機の視線が、ジャックへと注がれる。


「ぬかせ、お前らなんか」

 表面上の強情とは裏腹に、状況は悪くなる一方だ。何の考えもなく乱入してしまったからこそ、目の前にいる3人の処刑人に打ち勝つ為の手段や方法など何も準備が出来ていない。だが、ここでジャックが逃げてしまえば、次のターゲットがどうなるかだなんて、容易に想像がつく。

「ギタギタにし……」

 

 ジャックが瞬きをした僅かな間で、帽子の男は一挙にジャックとの間合いを詰める。

清純を証せよ(ラインハイト)

 奴がそう唱えると、ジャックの胸部に母親やブローチの女に現れた物と同じ印が浮かび上がる。帽子の男はそこを目掛けて、素早い手つきで懐から針を取り出し、逆手に持ち換え印へ刺そうと構えた。

(速い──いつの間に懐まで潜り込まれ……)

 避けられないと悟ったジャック。咄嗟に身をかがめて腕を使いブロッキングし、その後来るであろう痛みを受け流す様にして、すぐさま殴り返せる防御と反撃の構えをとろうとする。

 しかしながら件の針は、彼が身構えるよりも素早く、既に胴体の一寸先にまで迫る。


「うぐッ……」

 打突の衝撃で、ジャックは群衆がいる後方へと弾き飛ばされる。だが、大仰な程に長い針が体に刺さったはずなのに、彼の胸元には刺し傷の一つすらついていない。残ったのは、叩きつけられた様な痛みと打撲痕だけ。


「は!? 刺された、筈じゃ……」

 状況を静観していた群衆が一斉に喚き出す。この男は悪魔憑きなのだと、早く殺してしまえだと。


 状況に困惑するジャックを眺めて、帽子の男は不敵に笑うのだった。

「ああ、そうだな。無知な貴様は知らないだろうから、戸惑うのにも無理ない」

「ラインハイト。浸礼されたこの探索者の()は、刺した対象の是非を証す。

……そして、貴様らのような異端者は、浮かび上がる印に針を刺しても痛みを感じることはない」


 ジャックは愕然とする──刺された瞬間、針が当たったというのにまったく感触がなかった。まったくだ、初めから針なんてなかったかのようだった。それでも確かに奴は二の腕程の長針を……いや、こんなことはあり得ない。これが教会の神秘なのだろうか?

 或いは……この男は嘘をついている。

 

 不信感を感じ取ったジャックは、帽子の男に揺さ振りをかける。

「ふざけた真似をしやがって……

まさか、今までもそうやって無辜の人達を手をかけてきたのか?」


 だが予想と反して、処刑人はこんな事態は慣れているかのように、毅然とした態度で答えた。

「はっ、ミスター・ジャック、御冗談を。もっと常識的に考えてくれ。教役者を疑うんじゃない。

するはずがないだろう、この私が……」

「そもそも第一に、彼ら(魔女)()()ではない。皆、罪人だ」

 帽子の男は話をなあなあにした後、両手を広げてジャックを取り囲んでいた群衆に語りかける。

「見給え、皆の衆! 可哀そうに、憐れなる被疑者ジャックは異端だ」


 彼の演説に呼応して、群衆に不安が渦巻き、彼らの怒りも激しさを増す。

『やはり、あの汚らしいガキが……』

『まあ何てこと……この地まで穢れてしまうわ、早く浄化して!』

『おお、主よ! 審問官(ジェネラル)よ、誰が我々を導いてくれるのですか?

……私には、眩い灯りが見えないのです』


 群衆の中から未来を不安がる声が上げられる。ジャックはただ眉を顰めた──世界が失った導きが、俺に何の関係があるというんだ?

 

 帽子の男は寄り添うかのように一通りの嘆きを聞き届けた後、一呼吸おいて演説を再開する。

「ああそうだろうな、兄弟姉妹達よ」

「終末が訪れたあの日、空から陽が降り注ぎ、主は立ち消え、我々は星の導きを失った」

「遊星の織り成す調律は破壊され、世界を災禍が覆い尽くし……

それからというもの、悪魔に唆された異端者共が、卑しいミレニアリズム(暗黒時代の到来)を成さんと暴れ回っている」


『その通りだ。そして俺達には、どうすることもできない』

『じゃあ、どうやって生き残れるっていうの?』

『私達には導きがないですのよ。もう、どこに向かえばいいかさえ分からないわ』

 

 不安がる民衆を諭すようにして、帽子の男は宣告する。

「兄弟姉妹達よ、安心しろ」

「星神が再び顕れなさるその時までは、我々教会の使者が!

 主が残してくださった残滓を福音・代読し兄弟姉妹を導く使者として、行くべき道を照らし続けて進ぜよう」

 大変ありがたい演説を聞き終えた人々は一斉に歓声を上げ、涙を流すものまで現れ始める。


「私達は、星の照らす所を理解している。異端者、悪魔憑き、そして……魔女。

邪悪な者に共通して顕れる、()が見えるのだ」

「今、深き星の()()を施した(ラインハイト)を介して、兄弟姉妹にも正しき認識が伝わっただろう」

「さあ、兄弟姉妹達よ、クリーニングを始めるとしよう。

穢れた因子を煉獄へと送り返し、再びこの大地を清浄にする為に、さあ!」


 ジャックは憤りを隠せずにいた──この野郎……神や現状を利用して人を扇動し、今まで殺戮を繰り返していたのだろう。

 ここにいる人達の大半も、失ってしまった己の導きを、全て教会に委ねているからこそ、この顛末だ。


 帽子の男はわざとらしく残念そうに振舞い、もったいぶって話す。

「しかしだ、我々の善行をもってしても、奴を浄化するのには我々だけの力では不十分だ。

よって……異端者ジャックを処刑する為、些か()()()していただきたい」

「……兄弟姉妹達よ、異端が現れてしまったのだ。輝かしい日々を守るためだと思って、私に協力してはくれないだろうか?」


 突然の特別徴収の御達しに、ありがたそうに仰いでいた群衆の反応にも陰りが見えてくる。ジャックは奥の歯を噛み締める思いで眺めていた──この野郎は異端処刑が行われる度に、それらしい言葉を並べては追い詰められた人々を騙し、利益を得ているというのか。


 槌を持った女マリーが観衆を列に並ばせると、相方のジョンから受け取った大きな麻袋の口を広げ、胸元からペンと長い羊皮紙の束を取り出し、先頭から順番に”税金”を徴収し始める。


「おい……この変な帽子野郎。

何でわざわざ大金はたいてまでして、()にメモなんかを取らせる必要があるんだよ」


 ジャックの問いを聞いた奴は、手を叩き腹を抱えて大笑いする。そして、一呼吸置いた後に彼いる方へと歩み寄った。

「──これだから、スラム暮らしの相手をするのは嫌なんだ。

貴様のような礼節を知らん小汚い連中は、皆一様にまともな教育を受けていない」

「だからこそ、これ程までに簡単な問いですら、自分で考える脳味噌を持ち合わせていない。

まったく、哀れなものだな」

 そして、先ほどの打突の衝撃でジャックが動けないのを良い事に、彼の耳元に近づき囁く。

「徴税に応じない者は確認を取らなければならない。

教会の、星の意思に反しているからな」

「……マリー、彼女の(ハンマー)()()の為に使う。

次の”魔女”は確か──”アルトマイヤー”とかいったな? ん?」

 

 聞き馴染みのある独特な語尾を、厭味たらしく真似て、帽子の男は挑発する。

 ジャックは直感した──違和感……じいさんの店のドアが歪んでいたのも、誰かも知れない()()に対して文句を言ったりあれ程警戒を強めていたのも。

「……全部、お前の仕業だったんだな。このゲス野郎が!」

 ジャックは嘲笑する奴の顔面目掛けて、低い姿勢はそのままに回し蹴りを繰り出した。だが奴は、既にそこまで見切っていたようで、後方に回避しており、脚先には奴の顔面ではなくジョンが持つ長い杭にすり替っていた。

「おおっとミスター、危ないじゃないか……

兄弟姉妹よ見るがいい! 如何にも野蛮だと思わないかね?」


「……お前にこれ以上、好き勝手やらせるもんかよ」

 ジャックはよろめきながらも、両の足で地面を力強く踏みしめた──右の脚がジンジンと痛む、恐らく、強化鋼製の杭だ。イナゴを蹴飛ばした時と、感触がよく似ている。

 それでも、痛かろうとも、例え脚が駄目になったとしても、アルトマイヤーじいさんの為に、引き留めてくれた彼女の為に……こいつらなんかにヤられるわけにはいかない。


 ジャックは気合で体を突き動かし、杭の男ジョンに向かって急接近してインファイトを仕掛ける。

「なんの考えもない突撃……つまらん。シンプルすぎるじゃあないか」

 ジョンは持っていた杭をその大きな手で強く握ると、ジャックの顔面に向けて振るう。


「やっぱ振り回したくなるよなぁ! それだけデカい得物を持ってたらよ!」

 速い、人間業とは思えない程に。あれ程の大きさの鉄棒だというのに、風を切る音がジャックの顔面を掠める……当たれば確実に頭が弾け飛んでいただろう。

 だが、相手は機械生命体でもないただの人間。同じように重武器を振り回す誰かさん(巨剣)の面影を重ねて、杭のジョンが持つ慢心に付け込める。ジャックは杭の下から滑り込み、右腕の力で体勢を持ち直しつつ、ジョンの顔面へと殴りかかろうとした。


 それに呼応したジョンも反射的に左手で防御の構えをとる。生き地獄スラムで一人生き抜き、機械生命体を相手取ったジャックにとって、この程度をこなすのは造作もないことだ。

「フェイントだよ、バーカ!」


 ジャックは丸見えの胴体目掛けて、全体重を乗せた本命の右アッパーカットを叩き込む──左はあくまでも見せかけ、この手の重武器を使う輩はインファイトに不慣れだ、簡単に釣られてくれる。

「胴体がガラ空きだぜ、おっさん!」

 


          * * *


「はあ、はあ……中々のやり手だろ、俺は……」

「お前らが散々こき下ろす、下劣なスラムで育ってきたんでね」


「ああ、ガキ。俺の一撃をかわしてみせるとは大したモンだ。それに、中々いいパンチだった。

随分と、楽しめたぞ」

 余裕そうなジョンの態度に反して、ジャックにはもう余力がない。帽子の男から受けた一撃は無論──

「ぐっ、硬すぎんだろうが……ぁ。そのベストの下、何着てやがったらこんなッ」

 スラムの不良やならず者相手とは異なる、骨の砕ける音がして、壁でも叩いたかのような強烈な感触がジャックの拳を襲う。恐る恐る自身の右手を見てみれば、指の全てがあらぬ方向に曲がっていた。


「でもな、ガキンチョ。何の装備もナシのステゴロで、装甲を打ち破れると思ったら大間違いだ」

「貧乏人だらけのスラムなら兎も角、相手が悪かったな」


「何を、両手両足がぶっ潰れても……」

 ジャックは強い決意に身を任せて、再び殴りかかろうとした。だが、見かねた様子の帽子の男が二人の戦いに水を差す。


「ああ、とても素晴らしいショーを見せてくれたな、ミスター・ジャック?

……だが、これ以上悠長に眺めていたら、日が暮れてしまうのでね」

 後ろで二人の戦いを眺めていた帽子の男が皮肉っぽく話すと、自身の右腕をこちらに向けて構える。そして、異端を確かめる時とは異なる呪文を詠唱した。

殉教せよ(マルテュリウム)

 ──彼の腕に装着された射出装置から数本の針のようなものが放たれ、無慈悲にも立ち上がろうとするジャックの胸元へと突き刺さるのだった。

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