♯0 熱砂の屑拾い
──私の生活にざわめきはなく、私の死に光栄はない──
──陽が大地を焼き尽くし、砂漠に横たわる旧時代の遺産が巨大な影を落としている。
灼熱の日照りの中、人のみが彷徨う死魂溢れるこの場所で、地面との境界線が波打つほどの暑い日でさえ、ジャックは屑拾いに勤しむ──
偃月刀を振ると、空間そのものがけたたましい悲鳴をあげて切り裂かれる。
やがて現れた朧げな水面が、蜃気楼を放ちながらも徐々に形を取り戻してゆく。
しばらく待つと鏡面には、契約通りにみすぼらしい恰好をした一人の青年が写し出された──
「これっぽっちじゃ、イマイチだな」
籠一つ分すら満たせぬほどの収穫では、乾く喉を潤すことも、鳴くだけの腹を満たせない。振ればカラカラと虚しい音を立てるソレを眺めながら、”どうしたものか”といった具合に、青年は顎に手を当て首を傾ける。そして、次の餌場を求めて走り出した。
この青年、ジャック・ファウストは屑拾いだ。
他の大勢のスラムの住民と同じく、ただひたすらに己の飢えを満たすが為に。
物心のついた頃から既に、彼の両親はいない。
星が堕ち、調律の途絶えたこの世界には、無償の温かさなど既に存在しない。故に人々は傷つけ合い、或いは誰かから奪って生にしがみつく。無論、彼もまた生きるために、そうした危険に身を賭すしかなかった。5歳から11年続けてきた屑拾い稼業。身に付いた成果は彼の、荒涼とした砂漠の如く薄っぺらい人生を体現するのに充分といえる。
だが、幾ら無頼の米食い虫ジャックといえども、残骸の錆びついた付臭を嗅ぎ分けることに関しては一人前だった。その腕はさながら、トリュフを探し回る豚と変わりない。
肌を焼き続けた陽光が遮られ、全身が陰に包まれる。ジャックは脚を止め手を膝に付き、乾いてはいるものの新鮮な空気を取り入れようと、3回ほど胸を膨らませる。
「ここもそろそろ枯れそうだな……ま、その時はその時か」
辿り着いた場所。それは、風穴に覆われた、巨大な陸上戦艦の残骸だった。
人が未だ、星の導きを失っていなかった旧時代の膿。文明の維持存続、欲と争いのない世界の実現という使命をかなぐり捨てて、お互いのエゴをぶつけ合ったかの醜態。その最後には空から陽が降りそそぎ、地上は150日もの間、全てを焼き尽くす業火に包まれる。
「私たちと同じ過ちだけは、どうか、繰り返さないでください」
あの戦争で、彼女は全てを失い、最後まで過ちを悔い苛まれて逝った。ジャック自身、かの老婆が説教の様に、繰り返し嘆いていたのをよく憶えているだろう。
彼は恐らく理解している。彼を苦しめる元凶が、同時に自身を生きながらえさせていることを。
それでもしがみつき続けるにはには、不倶戴天の自業に甘んじ続ける他ない。
だが彼は、そんな些末な問題などどうでもいいといった具合で、軽々しくひょいと跳び上がり、残骸の中へと入っていくのだった──
* * *
元々の上下が分からないほどに荒廃とした空洞、その所々を陽光が差し込む。
錆び付いて動かなくなった分厚い鉄の扉、ジャックは中途半端に開いたそれの隙間をなんとか掻い潜り、砂に塗れた家具を一つ一つひっくり返して室内を漁る。
「もしかしてコレ、蝶番か? しかも、すげぇキレイだし……今日はツイてるな」
ポスト・アポカリプスを迎え、文明が焦土と化した今、ジャックを始め、人々はロストテクノロジーとなった回収品を組み立てて生活している。中でも、保存状態の良い屑鉄や部品類は高く売れる傾向があった。正しくジャックの様に己の危険を顧みず、外郭に出て残骸を漁るスカベンジャーが絶えないのは、エンジニア連中がこうした工房製の武器を組み立てるのに使えそうな部品を常に欲しているからだ。
……いつか終わりが来るのだと分かっていようとも、人は実際にその瞬間が訪れるまで、ただ壊れた機械の様に”生きろ”という命を盲信し続けるのだろうか。
「これだけあれば5日は凌げそうだな。ちょっと休んで、さっさと引き上げるか」
丁度陽が頭上にある。一仕事終えて腹も空いてきたジャックは、昼休憩をとることにした。
怪物にでも破かれたかのような、壁に大きな穴の空いた見晴らしのいい場所、ここは彼の特等席だ。
旧キャビンの床に転がっていたレーション缶……寂れた昼飯だ。冷め切った上にドロドロで、元の食材が何だったのか分からないほどのペースト状になったそれは、とても美味しいといえる代物ではない。
それでも、栄養価は高く保存も利くため、携帯口糧として非常に優れていた。
「あちゃー……こいつはハズレだな。
腹が減ってちゃ帰れないから食べるけども」
文句を垂れながらも、錆びついた蓋を手で強引に引っぺがすジャック。缶詰に書いてある異国の文字など到底読めるはずもなく、あけるまでは一種のガチャガチャに近い。稀に落ちているクッキー菓子の入った缶詰が彼、ジャックの好物なのだが、一番の好物はこんな旧時代産の生温い缶詰ではなく、故郷の味。
確か……ホッペルポッペルと呼ばれるオムレツだ。
特に老婆が作るソレが好きらしく、彼女はよく、屑拾いでヘトヘトになったジャックに振舞い、在りし日の彼も、このご馳走を楽しみにしていた。
「やっぱりあったかいご飯がいいな……
今日は収穫も多いし、久しぶりに作ろうかな? ホッペルポッペル」
呟きが、残骸内に貼られた金属壁で虚しく反響する。孤独……もう誰も、彼の帰りを待つ者はいない。
これがジャックの日常だった。怪物のいない日中は屑拾いに勤しみ、それが済めば高所から、広いだけで見所の何もない砂漠地帯を見下ろす。そして、陽が沈みきるよりも早くに切り上げる。
ありふれた弱者の、詮無き日常。ただこの日だけは、この限りではない。
遥か遠方、地平線に近い場所で砂煙が巻き上がるのが見える。一瞬、陽が昇り切っているというのに怪物が出たのかと考えたジャック。荷物をまとめて切り上げようと立ち上がるのだが、その刹那、思いを改めることとなる。
無数の人影とともに浮かび上がったのは、ブリキの巨躯。砂煙の隙間から見える2本の触覚と6本の脚。そして、降り注ぐ陽光に照らされて、ギラギラと輝く鋭い顎。
忌々しいあの巨大な影に、ジャックは身の毛がよだつ。
「──あれは、イナゴ」
直視したくない現実。己を苛み続けた悪夢と彼は、再び向き合うこととなるのだった。
更新頑張ります。
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