♯0 熱砂の屑拾い
──私の生活にざわめきはなく、私の死に光栄はない──
──地表を焼き尽くす太陽、地表に影を落とす巨大な構造物の胴体。灼熱の日照りの中、姿を見せる生き物は人しかいない死の大地であるこの場所。地面との境界線がゆらゆら波打つほどの暑い日でさえ、ジャックは屑拾いに勤しむ──
「これっぽっちじゃ…イマイチだな…」
籠一つ分すら満たせぬほどの収穫では、今日分の食い物と水にはありつけない。
ジャック・ファウストは、屑拾いである。他の大勢のスラムの住民と同じように。ただひたすらに、己の飢えを満たすが為に。
ジャックは5歳の頃からこの仕事を始めた。空賊や追剥にならず者。それに、星辰の教会が”異端者狩り”と称した処刑を繰り返す生き地獄。一寸先も見えないこの世界では、例え幼子であろうとも、他者へ寄り添おうとする人間は少ない。ただ弱肉強食の掟のみがそこにはあり、人は傷つけ合い、弱者を踏みにじり、奪うことをいとわなかった。外郭と隔絶された旧城塞のスラムは、幼子にとって過酷そのものである。が、その点彼は恵まれていた。
物心のついた頃には既に両親はいなかったジャックだが、ある老婆が親代わりをしてくれていた。老婆はその生前、ジャックに対して生きてゆく為の様々な知識を授けており、彼が屑拾いを始めたのも、老婆の助言があったからである。
「ここもそろそろ枯れそうだな…ま、その時はその時か」
彼が辿り着いたのは、巨大な陸上戦艦の残骸である。
ジャックが生まれるより前の話になるが、この大陸では大きな戦争があったらしい。戦いの最後には空から太陽が降りそそぎ、地上は150日もの間、全てを焼き尽くす業火に包まれた。かの老婆があたかも説教のようにそうやって、ジャックが寝る前に繰り返し嘆いていたのを憶えている。こうした巨大兵器は、その戦争の残骸で、こうした場所では技術商に高く売れる部品が転がっているモノだ。
ジャックはひょいと跳び上がり、残骸の中へと入っていく──
* * *
元々の上下が分からないほどにグチャグチャになった空洞、その所々を陽の光が差している。
「もしかしなくてもコレ…蝶番か?しかもすげぇキレイだし…今日はツイてるな!」
人々はロストテクノロジーとなった回収品を組み立てて生活しているため、保存状態の良い物は高く売れる傾向がある。エンジニア連中がこういった、工房製の武器を組み立てるのに使えそうな部品を常に欲しているのはそのためだ。
「これだけあれば5日はしのげそうだな…ちょっとだけ休んで、さっさと引き上げるか」
丁度太陽が頭上にある。一仕事終えて腹も空いてきたジャックは、昼休憩をとることにした。
壁のない見晴らしのいい場所、ここはジャックの特等席である。
今日の昼飯はそこらに転がっていたレーション缶だ。冷め切った上にドロドロで、元の食材が何だったのか分からないほどのペースト状になったそれは、一般的に美味しいといえる品ではないが、栄養価は高く、保存も利くため、携帯口糧として非常に優れている。
「あちゃー…こいつはハズレだな。腹が減ってちゃ帰れないから食べるけども…」
缶詰に書いてある異国の文字など到底読めるはずもなく、あけるまでは一種のガチャガチャである。稀にあるクッキー菓子の入った缶詰がジャックの好物だが、一番の好物はホッペルポッペルと呼ばれるオムレツだ。特に老婆が作るそれが大好きで、彼女はよく、屑拾いでヘトヘトになったジャックにそれをふるまってくれていた。
「やっぱりあったかいご飯がいいな…今日は収穫も多いし、久しぶりに作ろうかな?ホッペルポッペル」
これがジャックの日常である。怪物のいない日中は屑拾いに勤しみ、それが終わればこうやって高所からだだっ広い砂漠を見下ろす。ただ、この日だけはいつもと違っていた。
遥か遠方、地平線に近い場所で砂煙が巻い上がるのが見える。一瞬、太陽が昇り切っているというのに怪物が出たのかと考えたジャック。荷物をまとめて切り上げようと立ち上がったが、その刹那、思いを改めることとなる。
無数の人影とともに浮かび上がるは、ブリキの巨躯。砂煙の隙間から見える2本の触覚と6本の脚。そして、降り注ぐ陽光に照らされてギラギラと輝く鋭い顎。忌々しいあの巨大な影に、ジャックは見覚えがあった。
「あれは…──イナゴ」
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