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第9話:澄んだ一杯のために、濾過(ろか)の壁

 焙煎ドラムとグラインダー。二つの特注品を手に入れたことで、俺のコーヒーは劇的に進化した。香り高く、深みのある、紛れもない「コーヒー」の味だ。毎日、市場での仕事や改修作業の合間に一杯淹れて飲むのが、何よりの楽しみであり、原動力になった。


 しかし、まだ完璧ではない。

 相変わらず、液体は少し濁っていて、飲み干すとカップの底には細かい粉が溜まる。舌触りがザラザラする原因だ。この沈殿物がない、澄んだ一杯にするには、「濾過ろか」が必要だ。


 前世のコーヒーで言えば、ペーパードリップやネルドリップ。フィルターを使って、挽き豆の成分だけを抽出し、粉を分離する方法だ。


 さて、異世界でどうやってフィルターと、それを使うための器具ドリッパーのようなものを手に入れるか? これが次の課題だ。


 まず「フィルター」になる素材。紙か、布か?

 紙はこの世界にもあるようだが、市場で見たものは質が低い。文字を書くには使えても、濡らしたらすぐに破れそうだ。コーヒーフィルターに必要なのは、液体を通しつつ、微粉をしっかり食い止める強度と、コーヒーの味を邪魔しない素材だ。


 布の方が現実的かもしれない。この世界には様々な種類の布がある。細かく織られた、丈夫で、味や匂いがつきにくい布があれば、フィルターとして使えるかもしれない。


 次に「フィルターホルダー」。紙や布のフィルターをセットし、カップの上に置いて抽出するための器具だ。円錐形や台形、あるいは円筒形に底に穴が開いた形状になるだろう。素材は、陶器か金属が考えられる。


 俺は、市場で日銭を稼ぎ、建物の改修を進める傍ら、フィルターの素材とホルダーを作ってくれそうな職人を探し始めた。


 まずは布だ。市場の布地を扱う露店をいくつか見て回る。色とりどりの布が並ぶ中で、できるだけ目が細かく、それでいて水を通しそうな布を探す。


「すみません、この布は、水を通しますか? それでいて、何か細かいものをし取るのに使えそうな…」

 布地の商人に尋ねてみるが、返ってくるのは困惑した表情ばかりだ。「水を通す? 布は普通、水を弾くか、吸い込むもんだろう? 何を漉し取るんだい?」


 やはり、コーヒーフィルターという概念自体がないため、用途を説明するのが難しい。仕方なく、感触や見た目で良さそうな布地を、端切れでいくつか分けてもらった。リネンや、少し厚手の綿のような繊維の布だ。


 次にホルダー。陶器なら、温かさも保てるし、形も自在に作れそうだ。ポッター(陶芸家)の工房を訪ねることにした。以前、グラインダーのことで聞き込みをした時に、数軒工房があるのを知っていた。


 その中で、テラという女性の親方が営む工房があった。土や炎を操る姿は力強いが、作る作品は温かみがあり、生活に根差したものが多かった。


「ごめんください。テラ親方はいらっしゃいますでしょうか?」

 ろくろを回していたテラ親方が、土まみれの手を拭きながら出てきた。


「なんだい、あんた。珍しいねぇ、鍛冶屋じゃあるまいし」

「テラ親方にお願いしたいものがありまして。ちょっと変わった形の器なんですが…」


 俺は、持っていた紙(市場で手に入れた、質は低いが)に、ドリッパーの簡単な図を描いて見せた。円錐形、あるいは底に向かって細くなる形状で、底に一つだけ穴が開いていて、カップの上に置いて使えるくらいの大きさ。


「これは…何に使うんだい? コップじゃないし、壺でもないね。ロウソク立てかい?」

 やはり、この形もこの世界にはないものだ。


「これは、『飲み物を淹れる』ためのものです。ここに、何かを敷いて、上からお湯を注ぐと、底の穴から液体だけが出てくる、という仕組みなんです」

 俺は必死に用途を説明する。コーヒーフィルターの原理を、道具の機能として伝える。


 テラ親方は、興味深そうに図を眺めた。「へぇ…面白い形だね。考えたこともない。でも、穴の大きさや、底の形が難しそうだねぇ。ぴったり合うように作るのは、なかなか骨が折れるかもしれない」


 ゴルグ親方やエルドリン親方と同じく、職人としての探究心をくすぐられたようだ。俺はここぞとばかりに、この道具があれば、どれだけ美味しい飲み物が作れるようになるか、と熱く語った。そして、代金は市場で稼いでいる金で必ず払うことを約束した。


「ふむ…まあ、物は試しさね。新しい形を作るのは嫌いじゃないよ。いくつか作ってみよう。ただし、うまくできるかは保証しないし、時間はかかるよ」

 テラ親方は、最終的には依頼を受けてくれた。やった!これで、ホルダーは手に入るかもしれない。


 工房を出て、俺は急いでボロ屋に戻った。テラ親方に依頼したホルダーができるまで、自分にできることがある。フィルターになる布の実験だ。


 テラ親方からもらった布の端切れと、市場で買ってきた布サンプルをいくつか用意する。焙煎・粉砕したクロマメ、そして湯。


 椀の上に布切れを広げ、その上に挽き豆を乗せる。そして、湯を注ぐ。

 布を通して湯が落ちてくるが、思ったよりも遅い。目が詰まりすぎているのか?

 落ちてきた液体を飲む。味は悪くないが、抽出に時間がかかりすぎているせいで、少しエグみが出ている気がする。


 別の布で試す。今度は目が粗い布だ。湯はスッと落ちてくる。

 落ちてきた液体を飲む。うん、速すぎる。まだ細かい粉がたくさん入っているし、味も薄い。成分が出きっていない感じだ。


 布の厚さを変えたり、二重、三重に重ねたり。色々な布で試すが、なかなか「これだ」というものに出会えない。コーヒーの味も、布の匂いが移ってしまったりする。


「くそ…難しいな」


 何度も試行錯誤を繰り返す。湯で濡れた布や挽き豆の後始末も面倒だ。だが、美味しいコーヒーのためだ。諦めるわけにはいかない。


 いくつかの布を試した結果、市場で手に入れた、少し厚手だが比較的目が均一なリネン布を二重にしたものが、今のところ一番マシなフィルターになりそうな感触を得た。完全に澄んだ液体にはならないが、ある程度の微粉は取り除ける。そして、布自体の味の移行も少ないようだ。


 テラ親方への依頼、そしてフィルター素材の実験。濾過の壁は、グラインダーや焙煎より地味だが、これはこれで奥が深い。


 ボロ屋に座り込み、実験で使った布と、描きかけのドリッパーの図を見つめる。

 焙煎。粉砕。そして、濾過。

 コーヒーを美味しくするための道は、果てしなく技術的で、そして職人的だ。


 市場で稼ぎ、建物を改修し、道具を作り、そして素材を探して実験する。

 異世界での俺のスローライフは、想像以上にハードワークだ。


 だが、完成した時の、あの澄んだ、最高の味を想像すると…やめるわけにはいかない。


 テラ親方の作るホルダーと、この布フィルターを組み合わせれば、きっとまた一段上のコーヒーが淹れられるはずだ。


「よし、明日も市場で頑張るか…」


 布切れを洗いながら、ケンジは次の日への活力を静かに燃やしていた。濾過の壁を越えた先に、理想のカフェが少しだけ近づく。

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