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商社マンだった俺は、異世界でカフェを開きます ~美味しいコーヒーとスイーツで、街の人々の胃袋と心をつかむ~  作者: 猫又ノ猫助


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第8話:歯車と挽き豆、そして別格の一杯

 エルドリン親方にグラインダーの製作を依頼して以来、俺はさらに市場での仕事に精を出すようになった。ゴルグ親方への代金、そしてエルドリン親方への前払い金で財布は空になったが、日々の稼ぎで少しずつ硬貨が貯まっていく。


 アニャさんをはじめ、協力してくれている店主たちの店は、俺の陳列や簡単な在庫管理の助言によって、目に見えて活気づいていた。「にいちゃんのおかげだよ!」「あんたが来てから儲かるようになった!」そんな言葉を聞くたび、胸が温かくなった。前世では数字にしかならなかった自分の仕事が、ここでは人の笑顔に直結している。それが何よりの喜びだった。


 稼いだ金で、カフェとなるボロ屋の改修も進めた。壁には白っぽい漆喰しっくいのようなものを塗り、明るさを出す。床の傷んだ部分には、市場で手に入れた古材を加工して張り直した。奥のスペースには、拾ってきた木材や端材を使って、カフェのカウンターの骨組みを作り始める。歪ではあるが、自分の手で少しずつ空間が形になっていくのが楽しかった。


 そうして数週間が過ぎた頃、エルドリン親方から呼び出しがあった。

「豆を砕くカラクリだが、一応の形にはなった。見に来るがいい」


 俺は逸る気持ちを抑えながら、エルドリン親方の工房へ向かった。精密な工具が並ぶ作業台の上で、親方が小さな機械を見せてくれた。


 それは、俺が描いた図を元に、エルドリン親方がこの世界の技術で作り上げたグラインダーだった。木製のしっかりした箱状の本体に、金属製のホッパーが取り付けられ、側面には手回しのクランクがついている。本体の下からは、粉になった豆が出てくる排出口が見える。


 見た目はシンプルだが、その内部には、エルドリン親方の技術が詰まっている。二つの円錐状の金属部品(これが刃の代わりになるのだろう)が向かい合って配置され、クランクを回すと内部で擦り合う構造になっているらしい。粒度を調整するネジのようなものまで付いている。


「…すごい」

 思わず感嘆の声が漏れた。俺の頭の中のイメージが、異世界の職人の手によって、現実の道具として目の前にある。


「ふん。刃の精度を出すのに苦労した。この硬さの豆を均一に砕くのは、並大抵のことじゃないぞ。特にこの擦り合わせる部分…何度も調整を重ねた」

 親方は苦労した点を語るが、その表情にはわずかながら達成感が滲んでいた。

「まあ、完璧ではない。だが、君の言う『均一に砕く』という機能は、これで実現できるはずだ。使ってみろ」


 親方に促され、焙煎済みのクロマメをホッパーに入れる。ドキドキしながらクランクを握り、ゆっくりと回し始めた。


 カリカリ、という軽い音と共に、クランクが回る。力が均等に伝わっているのが分かる。本体が微かに振動する。そして、排出口から、サラサラと粉になったクロマメが出てきた!


 見た目は、まさに「挽き豆」だ。指先で触ってみる。粗い粒も細かい粉もあるが、前回のように極端な差はない。大部分の粒が、均一な大きさになっている!


「できた…! グラインダーだ!」


 感動のあまり、エルドリン親方に「ありがとうございます!」と何度も頭を下げた。親方は照れくさそうに「まあ、俺の腕があってこそだがな」と呟いた。残りの代金を支払い、感謝の言葉を改めて伝えて、俺は大切な新しい相棒を抱えてボロ屋へ急いだ。


 建物に戻り、改修中のカウンターの上にグラインダーを置く。隣には焙煎ドラム。この二つが揃っただけで、カフェの夢が一気に現実味を帯びてきた。


 早速、試してみる。

 焙煎ドラムで丁寧にローストした豆をホッパーに入れ、クランクを回す。カリカリという心地よい音と共に、均一な挽き豆が排出口からこぼれ落ちてくる。


 抽出方法は、まだ原始的な、椀に挽き豆と湯を入れる方式だ。濾過する道具がないから、これは仕方ない。

 挽き豆を椀に入れ、鉄鍋で沸かした湯を注ぐ。挽き豆が膨らみ、前回よりも濃厚な香りが立ち上る。


 少し待って、澄んだ上澄みをそっと一口。


 …!


「っっっま…!!!」


 思わず目を見開いた。

 苦味。コク。酸味。香り。その全てが、前回よりも格段に向上している。舌触りはまだザラザラするが、嫌な雑味や渋みがほとんどない。豆本来の風味がダイレクトに伝わってくる。


 これは、まさに「コーヒー」だ!


 前回の感動が「コーヒーだ!」なら、今回は「美味いコーヒーだ!」という確信だ。焙煎とグラインダー。この二つの道具が揃ったことで、クロマメという豆の真のポテンシャルが引き出されたのだ。


 椀を両手で包み込み、温かい液体を味わう。達成感と感動で、体が震えるようだ。


「やった…やったぞ…!」


 自分の手で、異世界の片隅で、最高のコーヒー(この世界基準では)を作り上げた。


 焙煎ドラム。グラインダー。

 これで、コーヒーの味の根幹は確立できた。


 だが、まだ課題は残っている。

 この濁り。この沈殿物。これをなくすには、濾過、つまり「抽出」の方法を改善する必要がある。ペーパードリップやネルドリップのような、フィルターを使った抽出器具が必要だ。

 そして、カフェで提供する上では、スイーツも欠かせない。そのためには、安定した温度で焼き上げができる「オーブン」が必要になる。


 コーヒーの味は別格になった。だが、カフェとしての完成度は、まだまだ遠い。


 目の前のグラインダーを撫で、焙煎ドラムを見る。

 そして、空っぽの空間を見渡す。

 稼ぐ。修繕する。道具を作る。

 このサイクルは、まだまだ続く。


 次の目標は、濾過器具とオーブンだ。どちらも一筋縄ではいかないだろう。

 だが、俺には、この美味しい一杯のコーヒーと、二つの大切な道具、そして市場で培った人との繋がりがある。


 大丈夫。一歩ずつ、確実に進んでいこう。

 この素晴らしい一杯のために。そして、これをこの世界の皆に届け、笑顔にしてもらうために。

お読みいただき、ありがとうございます!!


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