第7話:次の壁は「挽く」こと、そして新たな職人
ゴルグ親方に作ってもらった焙煎ドラムは、期待以上の働きをしてくれた。均一にローストされたクロマメは、あの原始的な方法で淹れたにもかかわらず、前回のものとは比べ物にならないほど香り高く、深みのあるコーヒーになったのだ。
だが、その一杯を飲むたびに、次の課題が明確になった。
味は良くなった。しかし、液体はまだ濁っていて、底には細かい粉が大量に沈殿している。口に含むたびに舌触りがザラザラするのも気になる。
これは、コーヒー豆の「挽き具合」が不均一だからだ。石で叩き潰す方法では、細かい粉(微粉)と粗い粒が混ざってしまう。微粉は過剰に成分が出すぎて雑味や苦味の原因になり、粗い粒は十分に成分が出ずに薄味になる。美味しいコーヒーには、適切な「粒度」で均一に豆を挽くことが不可欠なのだ。
つまり、次に必要なのは、コーヒーミル、「グラインダー」だ。
焙煎ドラムのように、市場にそれらしいものは売っていない。また職人に特注するしかない。だが、ミルは焙煎ドラムよりも構造が複雑だ。豆を挟み込んで擦り潰す「刃」のような部分が必要だし、それを均一に回転させるための歯車や、粒度を調整する仕組みがあれば尚良い。
前回のゴルグ親方なら、丈夫な金属部品は作ってくれるだろう。だが、細かい歯車や、精密な「刃」の研磨ができるだろうか? 彼は剣や鎧、農具といった、どちらかというと力強く頑丈なものを作るのが得意なタイプに見えた。
他の鍛冶屋を探してみるか? それとも、全く別の種類の職人か?
俺は市場での仕事を続けながら(アニャさんたちの店も、俺の「コンサル」で順調に売上を伸ばしていた)、時間を見つけては街の工房地区を見て回るようになった。
鍛冶屋だけでなく、木工細工師、革細工師、そして見たこともないような精密な道具を扱う職人もいるかもしれない。
ある工房では、職人が精巧な金属部品を組み合わせて、複雑な動きをするカラクリ人形を作っていた。別の工房では、美しい装飾が施された懐中時計(この世界にも時計はあるらしいが、かなり高価で貴重なものだ)を修理している職人がいた。
「これだ…!」
俺が探していたのは、こういう精密な仕事ができる職人だ。ゴルグ親方が「力」のゴルグなら、俺に必要なのは「技」の職人だ。
聞き込みをすると、街の外れに、エルドリンという名の老齢の職人がいると分かった。彼は街でも指折りの精密細工師で、壊れた時計や、貴族の依頼で複雑な装飾品や仕掛け品を作ることを生業にしているらしい。変わり者だが腕は確かだ、と評判だった。
俺は、市場で稼いだ金を握りしめ、エルドリンの工房を訪ねた。
工房は、ゴルグ親方の場所とは対照的に、静かで清潔だった。小さな金属片や工具が整然と並び、作業台の上には、細かな歯車やゼンマイが見える。
「ごめんください。エルドリン親方はいらっしゃいますでしょうか?」
奥から現れたのは、小柄で細身の、眼鏡をかけた(異世界にも眼鏡があるのか!)白髪の老人だった。その目は鋭く、いかにも頭脳明晰といった雰囲気だ。
「私がエルドリンだが…君は? 見慣れない顔だ。それに、ずいぶんと埃っぽい格好だな」
俺は、自分の身なりに苦笑しつつ、丁寧に自己紹介をした。そして、エルドリン親方に会いに来た目的を説明した。
「実は親方にお願いしたいものがありまして…これは、私が考えた『豆を細かく均一に砕く』ための道具の構造です」
俺は、事前に布の端に木炭で描いておいた、簡単な手挽きミルの構造図を取り出した。豆を入れるホッパー、擦り潰すための二つの円錐形の部品(刃、あるいは臼)、回転軸、そして手回しハンドル。可能であれば、粒度を調整するネジのような仕組みも。
エルドリン親方は、俺が描いた図を黙って眺めた。その眉間にシワが寄っていく。
「これは…なんだ? 豆を? 砕く? 石臼ならあるが、こんな奇妙な構造で…しかも均一にだと?」
やはり、この世界にはない概念だ。俺は焙煎の時と同じように、必死に説明した。
クロマメという豆を煎ると特別な香りの飲み物になること。その豆を、粉にするのではなく、均一な大きさに砕く必要があること。この道具を使えば、誰でも簡単に、望む細かさに豆を加工できること。
エルドリン親方は、首を傾げながらも、図を見続ける。時々、指で線をなぞったり、フム、と唸ったりする。ゴルグ親方が「訳分からん」と一蹴したのとは違い、彼はその奇妙な構造の機械としての可能性を探っているようだった。
「…ふむ。これをこの角度で回すと、間に挟まったものが擦り潰される、と。そして、この二つの部品の間隔を調整すれば、粒度を変えられる、という考えか…」
親方は、少しずつ俺の説明と図を理解し始めていた。
「面白い。全く見たことも聞いたこともない構造だが、機械としての理屈は通っている…いや、むしろ、なぜ今まで誰も考えつかなかった?」
エルドリン親方は、にわかに興味を持った様子だ。俺はここぞとばかりに、この道具があれば、どれだけ素晴らしい飲み物が作れるようになるか、街の人々がどれだけ喜ぶかを熱弁した。
そして、一番肝心なこと。
「親方、どうかこの道具を作っていただけませんでしょうか? 代金は、市場で日銭を稼いでいますので、時間はかかりますが、必ず全額お支払いします!」
頭を下げ、懇願する。グラインダーは、カフェ開店のために絶対に欠かせない道具なのだ。
エルドリン親方は、眼鏡の奥の目でじっと俺を見つめた。長い沈黙が流れる。工房の時計の振り子の音だけが、カチコチと響いていた。
やがて、親方は小さく息を吐いた。
「…まあ、面白い挑戦だ。最近は同じような修理ばかりで退屈していたところだ。君の考えた構造が本当に機能するか、私自身も興味がある」
そして、条件を提示した。
「ただし、これは非常に精密な作業になる。材料も特殊な金属が必要かもしれない。時間はかかる。そして、代金も、あのゴルグの作ったような単純な鉄塊とはワケが違うぞ?」
「承知しております! 材料費は先払いします。残りは、分割でもよろしいでしょうか?」
俺は、手持ちの金全てを差し出した。これも、ほとんどが先ほどの市場での稼ぎだ。
エルドリン親方は、差し出された硬貨をちらりと見て、頷いた。
「ふむ。まあ、材料費の足しにはなるだろう。良かろう。引き受けよう。だが、先ほども言ったように、時間はかかるし、途中で設計を変更する必要が出てくるかもしれん。根気強く待つことだ」
「ありがとうございます! 親方、何卒よろしくお願いいたします!」
俺は何度もお礼を言い、工房を出た。
財布はまたもや軽くなったが、心は満たされていた。あのエルドリン親方が、俺の考えたグラインダーの製作を引き受けてくれたのだ! 街一番の精密細工師が興味を持ってくれた。これ以上の進歩はない。
ボロ屋に戻り、壁に立てかけてある焙煎ドラムを撫でる。
次は、この相棒にぴったりの、豆を均一に挽いてくれる新たな相棒が加わるはずだ。
掃除の進んだ部屋を見渡し、手元に残ったわずかな硬貨を確認する。
稼ぐ。修繕する。道具を作る。
このサイクルを回し続ける。
この異世界で、俺のカフェを形にするために。
道のりは遠い。でも、確かに、確実に、その日は近づいている。
エルドリン親方の作るグラインダーが、どんなものになるのか。想像するだけでワクワクした。
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