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第6話:特注品、初稼働、そして確かな手応え

あれから数週間が経った。俺、ケンジはすっかり市場の顔になった。

アニャさんの八百屋はもちろん、パン屋のオバチャン、乾物屋のニコラスさん、雑貨屋の若い姉ちゃんまで、数軒の露店で商品の陳列や在庫整理を手伝うようになった。

「にいちゃんのおかげで、店の見栄えが良くなったよ!」「どこに何があるか分かりやすくて助かるね!」

感謝の言葉と引き換えに、一日に数枚の硬貨を手にすることができる。稼げる額は知れているが、異世界で生活し、カフェを作るための、俺にとっての「給料」だった。


稼いだ金は、全て開店準備に注ぎ込む。

ボロ屋の清掃はほぼ終わり、最低限の修繕も進んだ。歪んでいた扉は真っ直ぐになり、雨漏りも止まった。壁のひび割れは塞ぎきれないが、とりあえず内側からは目立たないように工夫した。


荒物屋で手に入れた油で木材を磨き、井戸水を汲んで何度も床を拭く。埃っぽかった空間は、今では土壁と古材の温かみが感じられる、素朴だが清潔な空間になりつつあった。


そんな日々を送りながら、俺はずっと心待ちにしているものがあった。

ゴルグ親方に特注した、「豆を煎るための道具」だ。


ある日の午後、市場での仕事を終えた俺は、鍛冶屋のゴルグ親方の元を訪れた。火床の熱と、金属を打つ音が響く、活気のある場所だ。


「親方、お願いしていたものは、もうできていますでしょうか?」

炎を操っていたゴルグ親方が、ギロリとこちらを見た。

「ほう、来たか、豆のあんちゃん。できたぜ。妙なモンだったがな」


親方は、工房の片隅に置いてあったものを示した。

それは、俺がイメージした通りのものだった。鉄製の小さな円筒に、回転軸が通っていて、片側には木製の取っ手がついている。表面は滑らかとは言えないが、しっかりとした作りだ。


「これが、『豆を煎る』道具か。熱効率は分からんが、回るようにしといたぜ。まぁ、何に使うかサッパリだがな」

ゴルグ親方はぶっきらぼうにそう言って、俺に道具を手渡した。手に取ると、見た目以上にずっしりと重い。これを作るのに、俺の何日分もの稼ぎが消えたのだ。


「ありがとうございます、親方! 大切に使わせていただきます!」

深々と頭を下げて感謝を伝え、俺は念願の道具を抱えてボロ屋へと急いだ。


建物に戻り、扉を閉める。興奮で胸が高鳴っていた。

簡易的な焙煎機。これで、あのクロマメを、もっと美味しく煎ることができるはずだ。


暖炉に火を起こし、ゴルグ親方に作ってもらったドラムのようなものを、暖炉の横に improvised(間に合わせで作った)した台の上に設置する。軸がスムーズに回転するか確認する。よし、大丈夫そうだ。


クロマメの袋から豆を取り出し、ドラム缶の側面にある小さな蓋を開けて中に入れる。蓋を閉め、取っ手を握った。


いよいよ、初稼働だ。


ドラム缶を火の上に近づけ、ゆっくりと取っ手を回し始める。

豆が中でカラカラと音を立てながら転がるのが分かる。ドラム缶が熱せられ、豆に均一に熱が伝わっていくはずだ。


前回のように、焦げ付きを気にして慌ててかき混ぜる必要はない。一定のペースで回し続けるだけだ。


しばらくすると、豆から煙が上がり始めた。最初は青臭い煙だが、すぐにあの独特の、芳ばしい香りに変わる。

ドラム缶の中で、豆がパチパチとハゼる音。香りは前回よりもクリアで、雑味が少ない気がする。


火加減を調整しながら、回し続ける。香りと音、そして経験に頼って、焙煎のタイミングを見計らう。色は見えないが、きっと中では理想的な茶色に変化しているだろう。


頃合いを見て、ドラム缶を火から離し、素早く中の豆を取り出す。

熱々の豆を、冷ますために別の平たい場所に広げた。

見て驚いた。


「…すごい」


前回は、色ムラがひどく、焦げた豆や煎り足りない豆が混ざっていた。だが、今回の豆は、驚くほど色が揃っている。均一なキツネ色から濃い茶色に仕上がっていて、焦げている豆はほとんどない。一粒一粒が、生き生きとして見える。


これこそ、適切な道具を使って焙煎した結果だ!


次に、この豆を挽く作業だ。残念ながら、ミルはまだない。前回と同じ、石で叩き潰す方法しかない。

ゴリゴリと、不均一な音が響く。粉砕精度は前回と変わらない。細かい粉と粗い粒が混ざった状態だ。


そして、抽出。これも前回と同じ、椀に粉と湯を入れる方法だ。濾過できないため、どうしても沈殿物ができる。


見た目は、前回と同じように濁った黒い液体だ。

だが、立ち上る香りは、明らかに違う。より深く、甘やかで、心を落ち着かせる香りだ。


椀を手に取り、湯気の中、深く呼吸する。そして、期待を込めて、一口。


…!


「う、うまい…!」


思わず、声が出た。

苦味はある。舌触りもまだザラザラしている。だが、その苦味は嫌な苦味ではなく、豊かなコクと深みになっていた。焦げ臭さはほとんどなく、フルーティーな酸味のようなものすら感じられる。そして、口の中に広がる芳醇な香りの余韻。


前回飲んだ、あの粗雑で燻製っぽいな液体とは、まるで別物だ。


これは、俺が知っている「コーヒー」に、かなり近い!


一つの道具を変えるだけで、ここまで味が変わるのか。焙煎の重要性を改めて痛感した。

ゴルグ親方に無理を言って作ってもらったこのドラム缶は、間違いなく、俺のカフェにとって最初の、そして最も重要な「相棒」だ。


椀を飲み干し、ケンジは満足感に浸った。確かな手応えがあった。

このクロマメは、間違いなくコーヒーになる。そして、適切な道具と技術を使えば、この世界の人々を驚かせるほどの飲み物になる。


これで、自信を持って言える。俺は、この世界でカフェを開ける。


ただ、課題はまだ山積している。

今日のコーヒーだって、焙煎は良くなったが、挽き具合と抽出方法は原始的だ。もっとクリアで、安定した味を出すためには、ミルや抽出器具が必要だ。そして、スイーツを作るためのオーブンも。


そして、これらの道具を作る、あるいは手に入れるには、さらに金が必要だ。


ゴルグ親方にまた頼むか? それとも、他の職人を探すか?


手元にある、わずかな硬貨を見つめる。そして、隣に置かれた、煤けたドラム缶に触れる。


道のりは長い。だが、確かに一歩、また一歩と、理想のカフェに近づいている。

この一杯のコーヒーが、俺の背中を押してくれた。


「さてと…次は、どうやってミルを手に入れるか、考えるか」


ケンジは、空になった椀を静かに置き、次のステップに向けて、思考を巡らせ始めた。異世界の夜は、まだ始まったばかりだ。

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