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商社マンだった俺は、異世界でカフェを開きます ~美味しいコーヒーとスイーツで、街の人々の胃袋と心をつかむ~  作者: 猫又ノ猫助


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第5話:稼ぐ、修繕する、そして特注品

アニャさんの八百屋で初めて「商社マン式陳列術」が効果を発揮して以来、俺、ケンジの異世界での日々は、小さな変化を見せ始めていた。


早朝、ボロ屋で簡単な身支度と、できる範囲の清掃や片付けを済ませる。そして、市場が開く時間に合わせてアニャさんの店へ向かう。


「にいちゃん、今日も頼むよ!」

アニャさんはすっかり俺に懐いてくれたらしい。俺は彼女の指示を受けながら、その日の入荷に合わせて商品の配置を工夫する。新鮮なものは手前に、傷みやすいものは風通しを良くして並べる。前日の売れ残りを手を変え品を変え陳列する。


「ほう、今日はこのリンゴをこう置くのかい。前とは違うねぇ」

「ええ、奥様方が手に取りやすい高さと、見た目が一番綺麗に見える角度を考えてみました」


客の流れを見ながら、どの商品がよく見られているか、どこで客が立ち止まっているかなどを観察し、陳列を微調整する。これは前世の店舗視察やマーケティングの知識が生きている。


その効果はてきめんだった。アニャさんの店の売り上げは確実に伸び、活気が出てきた。すると、隣の乾物屋や、向かいのパン屋など、他の露店の店主たちも興味を持つようになった。


「にいちゃん、うちもちょっと見てくれないか?」「あんた、すごい並べ方するらしいな!」


俺は、自分の「コンサルティング」能力を活かして、少しずつ仕事の幅を広げていった。もちろん、大層なことはしない。商品をグループ分けする、高さに変化をつける、売れ筋の場所を確保するといった、現代では当たり前のことばかりだ。だが、この世界の店主たちにとっては、それは目から鱗が落ちるような技術だったらしい。


稼げる額は、一日働いても硬貨数枚程度。時給換算すれば前世のバイト以下だろう。だが、この世界で自分の力で稼いだ正当な対価だ。その硬貨は、前世の億の金より重く感じられた。


手に入れた硬貨は、全てカフェ開店資金に充てる。まず買ったのは、まともな掃除道具と、簡単な修繕道具だ。柄の長いしっかりした箒、丈夫な木製のバケツ、そして錆びていない金槌と釘、厚手の布などを揃えた。


ボロ屋に戻り、早速道具を使う。

新しい箒は埃を効率的に集めてくれる。バケツは水が漏れない。厚手の布は頑固な汚れを拭き取るのに役立った。

金槌と釘で、きしむ床板を打ち付け直し、歪んだ棚を補強する。天井の雨漏り箇所には、市場で安く手に入れた防水性のある樹脂のようなものを塗り込む。


少しずつだが、建物は確実に「まとも」になっていく。埃っぽさは減り、カビ臭さも和らいだ。床を踏むたびにヒヤヒヤすることもなくなった。空間に少しだけ光が差し込むようになり、カフェとしての輪郭がぼんやりと見えてきた。


だが、ここでまた大きな壁にぶつかる。

掃除や簡単な修繕は、時間と体力さえあればできる。日銭を稼ぐ方法もできた。

しかし、カフェの核心である「コーヒーを淹れる」「スイーツを焼く」ための、本格的な道具が圧倒的に足りないのだ。


前回、原始的な方法でコーヒーを淹れ、クッキーを焼いた(金属板の上で焼いただけだが)ことで、その難しさを痛感した。

安定した美味しいコーヒーには、均一な焙煎ができる機械(あるいはそれに準ずるもの)、豆を細かく均一に挽けるミル、そして安定した抽出ができる器具が不可欠だ。

美味しいスイーツには、温度を一定に保てる「オーブン」が必要だ。


市場や街の工房を見て回ったが、そんなものはどこにも売っていない。この世界の職人たちは、剣や鎧、農具、家具、壺や皿といった伝統的なものを作る技術は高いが、「コーヒー」や「ケーキ」を作る道具という概念自体がないのだ。


「…作るしかないのか。この世界にある技術と素材を組み合わせて」


頭の中で、前世で見たコーヒーショップやパン屋の道具を思い出す。焙煎機、グラインダー、エスプレッソマシン…それは無理だ。もっと単純な構造のものは?


手挽きミル。あれなら、石臼と歯車、金属の刃があれば作れないか?

焙煎機。手回しの、穴が開いたドラム缶を火にかけるような簡易的なものでも。

オーブン。レンガや石で囲まれた空間を作り、下から火を入れる…ピザ窯のような原理でいけるか?

抽出器具。ネルドリップやペーパードリップのような濾過ろか方式…フィルターになる素材は?


アイデアは湧いてくるが、それを形にするには、専門の職人の技術が必要だ。特に、金属加工や陶器加工は素人には無理だ。


俺は、意を決して、街で一番腕が良いと評判の鍛冶屋を訪ねた。

ゴルグという名のドワーフの親方だ。筋肉隆々で無口そうな、いかにも頑固職人といった雰囲気だった。


「親方、少しお伺いしたいのですが」

分厚い鉄板を打っていたゴルグ親方が、金槌を置いて振り返った。その目は、獲物を品定めするようだ。


「なんだ、アンタ。剣でも鎧でもねえな。刃物か? 農具か?」

「いえ、実は、少し変わったものを作っていただきたくて」


俺は、頭の中で必死に組み立てた構造を、簡単な図として地面に描いて見せた。金属の筒に、回転軸と取っ手がついたもの。そして、内部に刃のようなものが組み込まれるであろう部分。


「…これは、なんだ?」

ゴルグ親方は眉根を寄せ、俺が描いた図を覗き込む。

「これは、『豆を煎る』ための道具です。そしてこちらは、『煎った豆を細かく砕く』ための道具の部品です」

「豆を煎る? 砕く? なんだそりゃ。クロマメならそのまま煮るか、染料にするだけだろう? 細かくしてどうする? 粉にして食うのか?」


やはり、クロマメ=苦くて不味い豆、という認識だ。しかも、それをわざわざ道具を使って加工するという発想がない。


俺は必死に説明した。この豆を加工すれば、素晴らしい香りと味の「飲み物」になること。それを細かく均一にすることで、もっと美味しくなること。この道具があれば、それを安定して作れるようになること。


ゴルグ親方は、終始怪訝そうな顔で俺の話を聞いていた。まるで、子供が突拍子もない空想の話をしているかのように。


「…ふむ。分からん。サッパリ分からんな」

そして、一言。

「俺は、剣や鎧、すきおのを作るのが仕事だ。そんな得体のしれないモンは作ったこともねえし、作る気も起きねえな」


あっさり断られてしまった。やはり、簡単にはいかないか。


「あの、親方。これは、きっとこの街の人々に喜ばれるものなんです。そして、私の生活もかかっています。どうか、お願いできませんでしょうか? 代金は、私が今稼いでいる金で少しずつお支払いしますので…」


誠心誠意、頭を下げて頼み込む。手持ちの金はほとんどないが、稼いで払う約束をするしかない。


ゴルグ親方は、無言で俺を見下ろした。長い沈黙が流れる。火床の炎だけがパチパチと音を立てていた。


やがて、ゴルグ親方はフンと鼻を鳴らした。

「…お前さん、妙に根性があるな。目ん玉も真っ直ぐだ。それに、アニャ婆さんの店の野菜が美味そうになったって噂は、俺も聞いてる」

彼は再び図に目を落とし、顎を撫でた。

「分からんもんは分からん。だが、まあ…試しにやってみるのも、職人稼業だ。一番簡単な、『豆を煎る』っていう筒、それなら作れなくもねえな。ただし、形は保証せんぞ? あと、金は先払いだ。材料費はいるからな」


来た! なんとか、食らいつくことができた!

俺は持っていた硬貨の中から、材料費として要求された額を全て差し出した。また金がほとんど無くなったが、これで一歩前進できる。


「ありがとうございます! 親方、お願いします!」

「ふん。いつできるかは分からんぞ。俺の気が向いたらだ」


ゴルグ親方はそっけなく言い放ったが、その目はどこか面白がっているようにも見えた。


鍛冶屋を出ると、冷たい夜風が吹き付けてきた。

手に何も残らなかったが、心は軽い。これで、コーヒーを均一に焙煎できる道具が手に入るかもしれない。


ボロ屋に戻り、清掃が進んだ空間を見渡す。

市場で働き、街の職人に頭を下げて。着実に、だがゆっくりと、カフェは形になり始めている。


道のりは、まだ長い。だが、確実に前へ進んでいる。

この異世界の片隅で、俺のカフェを作るという夢は、単なる妄想から、一つずつ現実へと変わり始めていた。

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