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第8話 薫風_3

 「航大君と一緒に、今日も河津桜商店に来れてよかった」


 おどけるように肩を竦めた唯ちゃんの身体に合わせ、紺色のスカートが揺れた。彼女の白く薄い肉の付く太ももが、ほんの少しだけあらわになる。それだけで体の芯が沸騰し、慌てて目を逸らして頭を掻く。


 「どうぞ」


 「ありがとう。今日は唯が払うよ」


 「い、いいよ」


 「えー。昨日お小遣いの日だったから、今すごくお金持ちなのに」


 唯ちゃんはおどけるように肩を竦めた。


 「また今度でいいから」


 ごまかすように、唯ちゃんにブラックモンブランをひとつ手渡す。笑顔で受け取った唯ちゃんは、丁寧に袋を破った。


 廃れたシャッター商店街の古びた個人商店の軒先で、ふたりで立ったまま、並んでアイスを食べる。平屋や二階建ての建物の隙間を縫って、日没間際の日差しが柔らかに差し込む。唯ちゃんの白く細い脚や俺の骨ばった手首を、鋭利な角度で差し込んだオレンジの夕日が照らす。


 「航大くんは、なんで河津桜商店が好きなの?」


 唯ちゃんが唐突に口を開く。上目遣いで、首を傾げる。睫毛が長くて、頬が赤い。


 「え、えっと。それは」唯ちゃんがいるからだ、と言ったら嫌われるだろうか。「理由は特にないけど、好きなだけ」


 立っていると背の低い唯ちゃんを見下ろす形になるけれど、セーラー服の胸元は生地が厚く、見たいものは何も見えない。とはいえ、かき分けた髪の隙間から、吸い込まれそうな白い首筋が見え、俺の視線は釘付けになっている。 


 「そっかあ。唯と同じ理由だね」


 彼女はチョコレートとクッキーでコーティングされた棒アイスを取り出し、静かにゆっくり舐めとる。


 「いつ食べてもおいしいね!」


 「う、うん。俺も思う」


 清楚な薄いピンクの唇から覗く彼女の剥ぎ出しの舌は、生々しく赤かった。


 「“また今度”がたくさんあって、唯は本当に嬉しいなあ」


 幸せそうに笑う彼女の繊細な髪を、薫風がさらって消えていった。新緑と名も知らない花の匂いに、微かにシャンプーの香りが混じっている。膝丈ほどのスカートは案外重く、今度はびくともしなかった。


 口に含んだアイスは、まだ固い。

青春時代は疑問がたくさんありました。

今はもう、答えなき問いに費やす時間はなくなりました。

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