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第5話 デートの最小催行人数

 今日の夕方の終礼が終わった直後。




 騒々しい教室の中で、席に座ってぼんやり黒板を眺めていた俺に向かって、前の席の宮瀬がそう言った。彼は片手でスマホを弄りながら振り返り、含みのある笑みを口元に浮かべていた。 


 「居残りして勉強するから、先に帰っていいよ。航大」


 周りの生徒たちは、てきぱきと教科書や筆箱を鞄に詰め、足早に教室を後にしはじめる。


 「テストは一ヶ月後だろ。勉強って何すんの」


 「じゃあ倫理でもしようかな」


 スマホに目を落としたまま、飄々とした態度で答える宮瀬は、相変わらず綺麗な顔をしている。


 「絶対しない奴の言い訳じゃん」俺は縋るように友人の肩をつかんで、軽く揺さぶる。


 「怖いんだ?」俺の言葉を無視し、片方の頬を上げた宮瀬は、からかうような俺に視線を向けた。「そろそろ慣れなよ。女の子だからって特別扱いしすぎ。相手は人間なんだから、とりあえず挨拶と相槌が出来れば大体オッケーでしょ」


 銀縁の眼鏡を押し上げる宮瀬の指は細く長く、目元は大きくて切れ長。それでいて、身長も高くて足も長いし、金がかかってそうな緩い茶髪のパーマもしている。


 社交的な性格の宮瀬は男女ともに知人が多いみたいで、廊下を並んで歩いていると、別のクラスの俺が知らない女子によく声をかけられている。愛想のよい声音を、余裕綽々に適当に受け流す様は、やっぱり心底羨ましい。


いや、羨ましかった。不特定多数の異性にモテてる状態っていいなって、ちょっと前まで思ってた。でも今は、ひとりだけに振り向いてほしいって、本気で心の底から思ってる。


 「何話せば喜ばれるかとか、まだ全然分かんないし」


 「分かるようになるまで会えばいいじゃん」


 「でもさ」


 「そもそも、女との時間に友達を連れてくるような自信のない男は、国も時代も関係なく普遍的にモテないよ」


 不安げに食い下がる俺の様子を、宮瀬は眼鏡を拭きながら、目を細めて快活に笑う。鼻筋にうっすらと眼鏡の跡が残っている。


 「そうかもしれないけど」


 「デートの最少催行人数はふたり、最大催行人数もふたりだよ」


 隣の席で顔を近づけて笑顔で語らうカップルに、宮瀬が意味ありげに視線を送る。俺も釣られて彼らを見る。


 誰が見ても、彼らはふたりだけの世界に生きていた。


 「そういう訳で、僕は教室で応援しているから。頑張ってね、航大」


 宮瀬は姿勢よく席に座ったまま、にこやかに手を振る。俺はため息をついて立ち上がり、鞄を持って教室を出た。

学生時代の颯爽と過ぎ去った空気感。

もう覚えてはないけれど、忘れることもきっと出来ない。

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