第39話 人生の主人公
なだらかな坂道を自転車がのぼる。
ふたりも乗せると、ペダルは重い。荷台に腰かける唯ちゃんは、音程の外れた鼻歌を歌っている。
背中の感触に意識が集中する。俺の肩甲骨に当たる、控えめな膨らみの胸部、背骨に沿って触れる横腹。柔らかく湿った感覚に集中し過ぎて、飛び出した子供に気づくのが遅れた。焦ってハンドルを切る。車体が左右に揺れ動く。
「危ないよー!」
高揚した唯ちゃんの笑い声が、緑の眩しい田舎道に響く。彼女の小さく華奢な手が、俺の背中を何度も叩く。
「ご、ごめん」
慌てて頭を下げると、またバランスを崩して自転車が大きく揺れる。
「もー。ちゃんと前見て!」
本当は、海辺で告白をしようと思っていた。
反応が良ければ、ロマンチックにキスをして、服の上から慎ましやかな胸くらい触りたかった。
そのために、人目のない春の海へ訪れたのだ。
けれど、そのどれもが叶わなかった。勇気がなかった。それでも、心から満ち足りた気分だった。
誰が何と言おうと、俺は幸せだ。世界一の大富豪より、女優と結婚したIT企業の社長より、オリンピック候補のルーキーより、全国模試で首位の秀才より、きっと。
比べられる誰よりも、一番の幸せ者。
「見て見て、航大くん! カニが一列で歩いてるよ!」
半袖のセーラー服を着る唯ちゃんを見たい。もっと広くて綺麗な海にも行きたいし、図書館で一緒に小説を読み漁りたいし、クーラーの効いた俺の部屋に薄着で来て欲しい。
何もかもが揃った夏が待ち遠しい。高校二年生の春が終わりに向かう今日、俺はやっと俺の人生の主人公になれた。
ハンドルから片手を離して小さくガッツポーズをする。
「危ないからやめて!」
唯ちゃんに笑いながら怒られた。
最後まで読んでいくださってありがとうございました!
本当に嬉しいです!!!
平成後期の大学生の頃、だらだらとモラトリアムに浸りながら書いた物語です。
右も左もわかりませんでしたが(それはいまでも変わっていませんが)、レポート作成用に親に買ってもらったPCで初めて書き上げた小説です。
これ以降も小説を書いたことはありますが、初めてということもあり、一番思い入れのある物語です。
ここまで読んでくださった方がいらっしゃるということ、本当にたまらなく幸せです。
河津桜商店駅前店シリーズ、短編から長編まであるので、よかったらご覧くださいね。
全部独立した一話完結の物語なので、気が向いたところから見ていただけると嬉しいです。
改めてのお礼となりますが、最後まで読んでくださってありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




