第38話 春の海にはふたりだけ_4
「物語だったら、タイトルはなんだろうね」
唯が楽しげに笑う。アイスを舐める舌は、薄暗さの中でも適切に赤く、だめだと分かっていても見入ってしまう。
「うーん。『ブラックモンブラン恋物語』とかは?」
「やだ、ださいよ」
口元に手を当てて、唯が笑った。その仕草は真横から見ても可愛く思えた。不用意な発言や不適切な接触を恐れて、唯から少し距離を取り、無意味に頬をさする。
「じゃあ、『河津桜商店駅前店』は?」
「えー、なんで?」
「初めて俺たちが出会った場所だし。それに唯ちゃんの大好きな店だから」
俺をぽかんと見つめていた唯が、大きく頷く。連動して柔らかな髪も弾んだ。
「賛成! もし唯たちを小説とか映画にすることがあったら、そのタイトルにしてほしいな」
会話はとめどなく続く。
楽しくて仕方がない。俺の拙い冗談に笑う唯の笑顔が愛おしくてたまらない。海は人を解放的な気分にさせると、テレビで海外のサーファーが言っていた。彼を探し出して強く握手をしたい気分だ。
春の終わり。肌寒くなる夕暮れ。どこまでも続く海岸線。刻々と沈む夕日。浜辺に続く古びたコンクリートの階段。好きな女の子と二人きりの静かな時間。
表現しようのない幸福感とわずかな焦燥に包まれ、強まった潮風になぜだかとても泣きたくなった。
「唯ね、ブラックモンブランなら毎日でも食べられちゃう」
「そんなに食べるの? いつか太っちゃうよ」
「えー? 航大くんひどーい。嫌いになっちゃうかも」
唯ちゃんは心外と言わんばかりに唇を固く結びながらも、いたずらっ子のように口角をあげる。女の子はすごく、器用だと思った。
「ごめん、ごめん。今のままが可愛いよ。本当に」
軽口を言い合いながら、棒に残るバニラアイスを食む。潮騒が唯ちゃんの柔らかな髪を撫ぜ、寂しげに纏わりつきながらに去ってゆく。
「俺のはずれだ。唯ちゃんのは?」
「唯のもだよ」唯ちゃんは食べ終わった棒をひらひらと振りながら言った。アイスが根元に薄く残っている。「今日もはずれ」
残念だね、と顔を見合わせて笑う。
「でも、いつか絶対当てたいよね」
「そうだねえ。そういえば、唯はこれまで、ブラックモンブランの当たりを見たことがないかも。河津桜商店のブラックモンブランだって、絶対に当たらないし」
唯ちゃんがくすくすと笑い、靡く髪を耳にかける。
「じゃあさ、次はアイスを買ってこようよ。自転車だったら、10分もかからないから、きっと溶けないよ」
「うふふ。自転車は便利だねえ」
「河津桜商店で買ったブラックモンブランのさ、当たりがでるまで。ふたりで一緒に、海を見ながら食べようよ」
俺の前のめりな思い付きに、彼女は一瞬、驚いたような表情を浮かべた。真意を見極めるように俺の顔を見つめる。我ながら子供のような提案だった。
高校生なのにそんな幼稚なことを言うなんてと、思われていたらどうしよう。鼻で笑われたら、きっと傷つく。幻滅されたら絶対に落ち込む。不安と羞恥で俯いてしまう。
「青春映画みたいで素敵だね。嬉しいよ、航大くん」
明るく可愛らしい声が、何もない浜辺に響く。恐る恐る顔を上げると、唯ちゃんが心底幸せそうにはにかんでいた。
「いいの?」
「もちろん。当たるまで来ようね、絶対だよ」
棒アイスの当たりって引いたことはありますか?
記憶違いでなければ、私は一度もない気がします。
勝率の低いギャンブルですが、それでも勝ちを目指して棒アイスに駆けつけます。




