第30話 雲ひとつない青空
授業が終わり、ホームルームもつつがなく終わった教室。
「それで、どこまでいったの?」
クラスメートたちが手早く帰り支度を始める中で、俺の前の席の宮瀬が振り返り、前置きも無しにそう尋ねた。
「どこまでって?」
不躾な質問に辟易する俺と対照的に、興味津々の宮瀬の声が弾む。
「だから、愛しの唯ちゃんとのことだよ」教室の埋め尽くす喧騒に負けないよう、宮瀬が俺に顔を近づける。
斜め前の席の女子がばれないようにちらちらと宮瀬を伺い、後方の席の女子たちが宮瀬の話題で盛り上がっている。
本人は周囲の視線を気にも留めずに、コーヒー牛乳の紙パックのストローに口をつけながら、にやにやと俺の返答を待っている。
「週三でブラックモンブランを食べてるよ」
スクールバックに荷物を詰めながら、俺はぞんざいに答える。
「知ってる。その後は?」
「駅前の公園に行って、ブランコに座って葉桜を見ながらおしゃべり」
「それで?」
「駅まで一緒に歩く」
「うん」
「以上。それで終わり」
俺の言葉に、続きを待っていた彼が顔を顰める。
「嘘だろ。いまどき小学生でも先行ってるよ」
「さすがに小学生はないだろ」
「知らないの? 性行動の若年化は、最近注目の社会問題のひとつなんだよ」
ため息が漏れる。呆れる宮瀬の気持ちが痛いほど分かる。俺だってもっと先へ進みたい。週に数回、学校帰りに商店街で待ち合わせる。アイスを食べ、近くの公園で葉桜を眺め、たまにファミレスに行く。一度だけ、カラオケにも。
どれもすべて、楽しかった。
これほどの頻度で女子と顔を合わせることもなかった。徹夜でサガンを読み漁ったおかげで、唯ちゃんとの話に花が咲いた。かわいい笑顔を見れば胸が高鳴る。共感と同意を求める会話のシステムに困惑しながらも、足踏みを続ける中身のない世間話に内心ため息をつきながら、それでも精神的に満たされていた。
けれど、それだけ。現状の成果として、手さえ繋げない。
あわよくば、どこか静かなところに行ってみたい。現代の小学生が慣れ親しんでいることに、俺だって並々ならぬ興味がある。それでも、決定的な言葉を切り出すことは出来ず、ヒロインが主人公に積極的に迫るご都合主義のゲームのような展開を期待している。
彼女の意思を全面的に尊重したいけれど、自分の欲求も尊重したい。ジェントルマンのふりと素直な心情の間で、決心だけがいつまでも先延ばしになっている。
青春時代に見上げた空は、いつだって飛び抜けて青かった。




