第23話 フランソワーズ・サガン_2
「サガン?」
痒くも無いのに頬を搔きながら、俺は聞き馴染みのない単語を復唱した。
「フランソワーズ・サガン。フランス人作家の」
綾乃は彼氏とでもやり取りをしているのか、話の輪にあまり入らず、自分の関心のある話題にだけ口を挟む。俺にちらりと視線をむけ、ぞんざいに言う。「中学の頃、国語の授業で習ったじゃん。忘れたの?」
「ど、どうだっけ」
使い古されたシェードは経年劣化で薄くなり、春先の直射日光を完全には遮断しない。健全な淡い日差しが、綾乃たちのセーラー服に、俺たちのブレザーに、コンクリートに置いたスクールバッグやリュックに、静かに降り注ぐ。
「『悲しみよこんにちは』とかの作家だよ。早熟の天才ってすごいよねって、国語の先生が熱弁してたじゃん」
綾乃が呆れたように、長い髪をかき上げた。
「サガンは『魅力的な小悪魔』って呼ばれていたんだよね。相当美人だったのかな」白いシャツを腕まくりをした宮瀬が、微笑んで穏やかな相槌を打つ。「若いのに外国文学が好きなんて、素敵なセンスだね」
綾乃も宮瀬も唯ちゃんも、得体の知れない外国の作家の知識を共有している。今更、「サガンって誰? 有名人?」なんて聞けず、曖昧に笑って流す。
「もしかして、宮瀬くんもサガンを読むの?」
唯ちゃんが嬉しそうに、宮瀬を上目づかいに見つめる。時おり宮瀬の腕に触れる唯ちゃんの指が、あまりに白くて細く、折れそうだと思った。
「何冊か手に取ったことがあるくらい。電車通学だから、通学中に読書をするから」
「電車の中で、スマホじゃなくて読書をするの?」唯ちゃんが不思議そうに、子供のような丸い瞳を瞬かせる。「SNSで、誰かとコミュニケーションをとるんじゃなくて?」
「他人の暇つぶしのために、自分の時間を奪われるのは嫌いなんだ」
宮瀬が冗談っぽく肩を竦めた。余所行きの芝居がかった口調だった。「僕は自分のために、時間を使いたいの。物理的にひとりのときくらい、精神的にもひとりでいたいんだ」
女子の前だからって変に恰好つけんな、と宮瀬をからかおうと思った。けれど、唯ちゃんたちに横暴だとか無教養だとか思われるのが嫌で、口をつぐんで顛末を見つめた。
明るく質問をしてくれる人って、老若男女問わず好感を抱いてしまいます。




