第22話 フランソワーズ・サガン
唯ちゃんと初めて出会ったあの日。
「唯はね、サガンになりたいの」
放課後の燦燦と輝く太陽。白い雲の浮かぶ、絵の具のような春先の青空。新緑の葉桜。通り過ぎる薫風。名も知らない爽やかな花のにおい。年季の入ったコンクリート上で、腹を見せて眠る白猫。
それらすべての揃った河津桜商店の軒先。褪せたシェードの下で、淡い日陰を四人で享受する。俺の高校の友人の宮瀬と、中学の同級生の綾乃、それから綾乃の高校の友人の唯ちゃん。
中学卒業以来連絡を取っていなかった綾乃と、寂れた個人商店で偶然に再会した。面識のない宮瀬と唯ちゃんも含めて、四人でしばらく立ち話をした。理由なんてない。ただの成り行きだった。
どの中学校出身だとか、部活はなにをしているのとか、家は近いのかとか。そういった泡沫の他愛もない話を続けた後、唯ちゃんがサガンになりたいという夢を語りだした。
華奢な女の子なのにサッカー選手になりたいなんて、見た目によらず骨があるなと俺は思った。
「また言ってんの? サガンみたいになりたいなら、とりあえずショートカットにしたらいいじゃん。明日美容院に行きなよ。一緒に安いサロン調べてあげる」
商店の古びた壁に凭れる綾乃が、スマホから顔を上げずに、あくびを噛み殺して答えた。
「もー! サガンの見た目も好きだけど、論点が違うもん。あの流れるような文章と、情緒的なアイディアが唯は好きなの。髪型の話じゃないもん」
唯ちゃんぷっくりと頬を膨らませ、スマホに没頭する綾乃の顔を覗き込んだ。セーラー服に垂れる胸元までの柔らかな黒髪を、唯ちゃんはふわりと片手で払った。
綾乃曰く、唯ちゃんは読書家だという。話の流れから、サガンは作家だということは分かった。早とちりして好きなサッカー選手を聞かないでよかった、と胸をなでおろした。
フランソワーズ・サガン。
一番好きな作家です。




