第19話 健全で打算的な日常
昼休みの高校の廊下。
エネルギーの塊の高校生がカロリーを補給すると、無敵のような気分になれる。
それは廊下の壁に凭れて立ち話をする俺も同じで、小馬鹿にして問いかける宮瀬にも、今なら強気で応戦できる。
「え? 唯ちゃんのこと、一目惚れで好きになったの?」
「そうだけど」
昼食後の高校の廊下は、晴れの日も雨の日も関係なく、いつだってとんでもなくうるさい。声を張り上げて、宮瀬に答える。
「そんなに可愛かったっけ」宮瀬が眼鏡を上げながら、首を傾げる。
「結構いいじゃん。色白だし、化粧濃くないし、清楚だし」俺は凭れていた壁から背をはなし、仁王立ちで宮瀬に向き直る。
「あのさ、航大」
「なんだよ」
「分かってないなあ」
「なにが」
「世の中はね、嘘とごまかしにまみれてるんだよ」
「哲学か何かの話?」
宮瀬が呆れたように首を振り、面倒くさそうに窓の外に視線を向けた。形容しがいのない、春先の凡庸な青空だった。
「食欲をそそるファストフードは添加物まみれ。宝くじに当選するのは、たまたま隕石に当たって死ぬのと同じ難易度。クラスメイトの『昨日全然テスト勉強してない』っていう発言は、満点は無理だけど8割は取れるっていう自信のあらわれ。一見清楚に見える女の子は、そう見られることを逆算出来る狡猾さと、それを実現できる金と時間を持ち合わせている」
銀縁の眼鏡の向こうには、相変わらず端正な目元がのぞく。宮瀬は時おり、歩いてゆく気の強そうな女子に愛想よく声をかけられ、適切に手を振って受け流している。
女子は満面の笑みを浮かべ、乱れてもいない前髪を整えながら去ってゆく。甘ったるい香水のにおいと、短いスカートと生足の太ももも、一緒に去ってゆく。
快活で健全で打算的な日常。
俺のことを、女子たちは視界に入れていないのだろう。けれど別に、それでよかった。俺には放課後の予定がある。放課後の小一時間のために、俺は最近、それ以外の23時間を生き抜いている。
不特定多数の異性に好意も持たれなくていいと思えるようになったのは、きっと唯ちゃんと出会ってから。
健全と打算は両立すると思ってます。




