第17話 散りゆく桜と女の子_2
「あれ? 航大じゃね?」というハスキーではきはきとした女子の声が、人通りのない静かな商店街に響いた。
名前を呼ばれ、咄嗟に顔を上げる。目にかかる真っ黒の髪がなぜだか途端にうざったく感じ、ぞんざいに前髪をかき上げる。河津桜店の入り口に、近隣の女子校の高校のセーラー服を着た女子がふたり、こちらを見ながら立っていた。
「やっぱり航大だ! めちゃくちゃ懐かしい! 航大と会うのって、会うの中学の卒業式以来じゃない?」
ひとりは茶色がかった長い髪を耳にかけ、仁王立ちをして豪快に笑いながら、俺の名前を連呼する。制服の袖をまくり、スカートを極限まで短くした彼女は、適度に焼けた健康的な脚を晒していた。濃い化粧と自信に満ち溢れた表情で、親しげに俺に手を振る。
「あ、あの」
想定外の出来事に、咄嗟に反応できずに口ごもる。額にじんわり脂汗が浮かぶ。
「どなた?」
俺の隣で片手をポケットに突っ込み、片手でスマホでSNSをしていた宮瀬が、顔を上げて俺に視線を寄越す。俺はその問いに答えられず、ひきつった笑みとともに頭をかいた。
「えー、本当に覚えてないの? 航大、まじ? それはちょっとひどいんじゃない?」
仁王立ちをする気の強そうな女子は、俺の他人行儀な鈍い反応に、怪訝そうに、気を害したように、そして心底幻滅したように、眉を寄せた。
制服のブレザーを着るシャツの背中を、暑くもないのに汗が伝うのを感じた。
「そ、そんなことはないと思う、けど・・・」
どぎまぎしつつ、活発なセーラー服の女子の顔立ちに視線を向ける。目も頬も唇もすべての化粧が濃く、思い当たる節はない。けれど彼女は俺の名前を知っている。会話の内容から、おそらく中学の同級生。
「いや、その反応は絶対忘れてるな。ひどい奴になったなあ、航大」
つまらなそうに両腕を組み、徐々に表情を失っていく女子の顔をじっと眺める。そのうちに、その強靭な化粧の向こう側に、眉毛が薄く気の強い中学時代のクラスメイトの女子の原型が、うっすらと垣間見えた。
「あ! 綾乃? もしかして、綾乃なの?」
「おせーよ!」
目の前の人物に面識があると気づき、自分でも驚くほど表情が柔らかくなるのを感じる。肩のこわばりも自然と解けた。中学3年生の頃に同じクラスで同じ部活だった女子、綾乃のもとに一歩近寄る。
「ご。ごめん。なんか、結構変わってたから気づかなかった」
「綺麗になったってこと?」
中学時代と変わらず明るくフレンドリーな綾乃は、大げさにおどけて肩を竦める。気さくでざっくばらんな性格で化粧もしてなかったから、当時は男みたいな奴だと思ってた。だけどよく見たら目が大きくて鼻が高くて、なんか記憶の中のあの頃より、全然可愛い。
「まあ、そうかも」頭をかいて、視線を逸らす。
「そこは否定しろよ。照れるじゃん」
綾乃が大股で近づき、俺の二の腕を遠慮なく叩く。豪快に笑う昔の同級生から視線を逸らす。化粧を覚えて焼けた肌を晒されると、やっぱり、女子は何割も増して魅力的に見える。
出会いも別れも、振り返って初めて気づくもの。




