公爵令嬢のくせに宇宙が好きな私はいつかの月を夢見て。
クレア・ルル・ヴァンペルト──つまり私の目は、星々が散りばめられた夜空に心を奪われていた。自室に設けた小さな天文台から月を眺めるのが、私にとって一日の終わりに訪れる小さな逃避行。
月のクレーターが語る遠い神秘の世界への憧れは、この貴族社会での窮屈な生活から私を解放してくれる唯一のものだった。遠くて光る、不思議な悠遠。
「クレア、まだ起きてるの?」
母の声が、私の夢想を遮った。心配そうにドアをノックする音が聞こえる。
「はい、母様。星を眺めているだけです」と無感情に返事をした。
母のため息は大きくて、ドア越しにだって聞こえる。
「明日も早いのに。それに結婚の話が進んでいる大事な時に、そんな夢見がちなことに夢中になって──」
言葉の端々にこめられた小さな棘に、私の心はすりむいた。私の未来はすでに決められており、宇宙への夢を追い求める余地などどこにもなかったのだ。……でも、私はそんな運命に疑問を持たずにはいられなかった。
× × ×
私がイアン・フォレスターと出会ったのは、春の日だった。
その日、私はいつものように父の書庫で宇宙に関する古い書物を読み耽っていた。少し息抜きをしようと街へと出かけたのは、今思えば不思議な運命の巡り合わせだと思う。
街の中心にある広場で、人々が集まり、議論を交わしているのが目に入った。私は好奇心に駆られ、群衆の中へと混じった。
「本当か?」
「宇宙ねぇ。信じるに足らんよ」
「空気がねぇってんだろ?」
そう言った言葉は私の心臓を刺激した。
「──もし、魔法の力を使って宇宙への旅ができるとしたら」
ひと際大きな声で、そして耳心地の良い秋風の様な声で青年が言った。その声の主は、群衆の中で一際目立っていた。彼の鮮やかな青い瞳と、知的な雰囲気が私の心を一瞬で掴んだ。
「宇宙への旅なんて──」
はっと口を押える私を、イアンの目は逃がさなかった。鏡の中に見る、好奇心旺盛な目、私と同じ目が、こちらを見て離さなかった。
「貴族令嬢がそんな夢を持っているとは珍しい」
「……あなた私をご存じで?」
「これでも納税はしているものですから」
不思議な冗談のセンスは、私の警戒を解くためだったのだろうか。
「やはり、女が宇宙に興味をもつなど、変でしょうか」
「とんでもない」
彼は即答した。
「私はイアン・フォレスター、宇宙魔法工学者をしています」
伸ばされた手に応じる。細身なのに、手は大きい。
「クレアです。ヴァンペルト家の」
それだけ言えば、彼は大方の事情を察したようだ。けれど彼が私を否定するような素振りを見せることは終ぞなかった。
「クレア様、あなたの情熱は素晴らしい。もしよろしければ、私の研究についてもっと話を聞いていただけませんか?」
私の心は躍った。まるで長い間閉じ込められていた自分の夢が、突然大きな空に投げ出されたようだった。私はその瞬間だけは家の事も、結婚のことだって忘れて、イアンの提案に同意し、私たちは近くのカフェに向かった。
カフェでの会話は、私にとって新しい世界の扉を開く鍵となった。イアンは魔法と科学の融合によって、これまで不可能とされていたことを可能にしようとしている。それが可能なら私の魔法も役に立つだろうか。
彼の話を聞きながら、私は初めて自分が本当に望んでいるもの、そして私の夢が現実のものとなる可能性に心を躍らせた。
けれど、現実の話もしなければならない。
「イアン。私が貴族の娘であること、だのに宇宙に興味があること。それだけで状況はおわかりになるでしょう?」
イアンは何かを考えていた。
「私は……どうすればいいのでしょうか?」
声には不安だけが乗せられていた。
「……まずは一緒にお話ししましょう。あなたの事をもっと知りたい。決めるのは、あなた自身が、あなたの事を理解してからでも遅くないでしょう?」
心躍る提案。宇宙旅行。政略結婚。私は現実と夢の狭間で揺らいでいた。私はいつか自分の道を見つけることができるだろうか。私はいつか、自分の心を飛び出す魔法を見つけられるだろうか。
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