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2話

「……今日は厄日かしら……」


 柚月は自分のデスクに顔を突っ伏して呟いていた。


 と言うのも涼鈴のせいで家を出るのが遅れ為、電車に乗遅れ遅刻。更に慌てて身支度したので、会議に必要な書類一式を家に忘れると言う大失態。その為、上司には怒られ後輩には呆れられる始末。


「どうした?珍しくポンコツじゃないか?」

「煩いわね。たまにはこういう時もあるのよ」


 缶コーヒーを手に、声をかけてきたのは同期の本間(たすく)。人当たりが良く一緒にいて楽なので、いつの間にか柚月の愚痴の捌け口となっている人物でもある。


「丞~、今日付き合ってよ」

「はぁ!?二日前に行ったばかりだろ!?」

「あれはただ飲みたかっただけ。今日は飲まないとやってられない気分なの」


 そう言う柚月を呆れる様にして見つめる丞だが、何だかんだ言って柚月に甘い。


「分かった分かった。終わったら連絡する」

「了解」


 そうと決まればさっさと仕事を終わらせようと、二人は自分の仕事に向き合った。



 ◈◈◈



「お前さぁ~!!飲むなとは言わんが、如何せん飲みすぎだろ!!」


 丞は自分の肩に項垂れるように寄りかかる柚月に怒鳴りつけていた。

 仕事を終えた二人は馴染みの居酒屋へとやって来て、いつもの様に他愛のない会話をしながら並べられる料理をツマミに酒を煽っていた。

 丞がいつもよりペースが早いなと気付いた時には柚月の目は既に座っていた。


「まったく、介抱する身にもなってくれよ」


 柚月を抱えるようにしながら店を出たが丞は柚月の家を知らない。当の本人は酔い潰れて自分の問いかけに応じてくれず、丞は夜の街で途方に暮れていた。


「うッ……気持ち悪い……」

「はっ!?え!?ちょっ!!待て!!──って、あぁ~~……」


 止める間もなく、丞のスーツは嘔吐物まみれになってしまった……



 ◈◈◈



 ジャー……ジャー……


 シャワーの音で目を覚ました柚月が重い瞼を開けると、そこは全く知らない部屋のベッドの上だと気が付き、一瞬で酔いが覚め全身から血の気が引いた。

 更に自分の姿に目をやると、知らない男物のシャツを着ている。そこから導かれる答えは……考えたくない。


(まさか二夜続けて!?私ってそんなに節操なしだったの!?)


 自分でも知らなかった醜態に頭を抱えていると、カチャとドアが開かれた。


「おっ、起きたか?」


 入ってきたのは風呂上がりの丞。上半身裸で洗いたての髪からは水が滴っている。


「おい、なんだその顔は?」


 丞を見た瞬間柚月の眉間には皺が寄り、汚物を見るような目を向けていた。


「何か盛大な勘違いしてると思うが、俺はお前に指一本触れてねぇぞ」


 丞は嘔吐物まみれで街中を歩く訳にも行かず、柚月の家も知らない。仕方なく自分の家に連れて来た事を話して聞かせた。


「因みに、その服は自分で俺のクローゼット漁って勝手に着たんだからな。言うなれば被害者は俺の方だからな」

「……それは、ご迷惑おかけしました」


 まさかの失態に柚月は深々と頭を下げて謝罪した。


「まあ、それはいいけどさ……どうする?帰るか?」


 どんなに迷惑をかけても、ちゃんと謝れば許してくれる所が丞の良いところ。


「ん~、この時間じゃ電車もないし……泊めて?」


 強請るように可愛く上目遣いでお願いしてみると、丞は溜息を吐きながら頭を抱えた。


「お前さぁ~、俺も一応男なんだけど?」

「大丈夫。丞にそんな度胸はない」


 親指を立ててハッキリ言えば、何が吹っ切れたのか丞はテーブルの上に酒とゲームのコントローラーを置いた。


「おしっ、分かった。朝まで付き合え」

「いいねぇ~」

「ああ、お前は酒禁止な。烏龍茶にしとけ」

「そんな!!」


 楽しい時間はあっという間で気が付いたら朝になっていた。ちょっと仮眠させてと丞のベッドに入り、眠ろうとしたら家主である丞に文句を言われたが「レディを地べたに寝かす気?」と言い返したら渋々譲ってくれた。


 次に目を覚ました時にはお昼を通り越し夕方近い時間になっていた。


「長居しちゃってごめんね」

「楽しかったしいいよ。但し、今後は飲み過ぎに気をつけること」

「はぁい」


 軽く挨拶を交わし、丞の家を後にした。


 柚月が昨晩着ていた服はとても着れる状態じゃないので、丞のジャージを借りた。全身が丞の匂いに包まれて、何となくこそばゆくて不思議な感じにクスクスッと笑みがこぼれる。


(やっと家に着く……)


 涼鈴の呉服屋の看板が見えた。


 何だかんだ言ってもやっぱり自分の家が一番。早く帰って足を伸ばして、死んだように眠りたいと思う。こんな時、週休二日制と言う言葉に有難みを感じる。


 呉服屋の前を通ると、女性の甲高い声が中から聞こえてくる。今日も繁盛している様で何よりだ。そんな事を思っていると、暖簾を潜って涼鈴が現れた。


 両端には女の子が嬉しそうにしながら涼鈴に話しかけている。涼鈴は柚月と目が合った瞬間、驚いた表情を見せたがすぐにいつもの笑顔に戻った。


「こんにちは柚月ちゃん」

「……どうも」


 涼鈴が女性の名を呼んだものだから、両端にいた女の子は睨みつけるようにして柚月を見てきた。柚月は絡まれては堪らんと、軽く会釈すると足早にその場を去ろうとした。


「ちょっと待って。柚月ちゃん……もしかして昨日帰らんと今帰り?」


 ギクッと大きく肩が震えた。


 別に彼氏彼女の仲じゃないし、やましい事もないのだから柚月が動揺するのがおかしい。それは自分でも良く分かっているのだが、何故か嫌な汗が吹き出してくる。


「それ、男もんやね?どないしたん?」


 女の子達の声を無視して柚月の元に駆け寄り問いかけてきた。問いかけると言うより問いただしてきたと言う表現が正しい。


「いや、まあ、その……」


 別に同僚と飲んだ帰りだと正直に言えばいいだけの事なのに、何故か上手く言葉が出てこない。

 言葉に詰まりあからさまに目を逸らす柚月に涼鈴は鋭い視線を向ける。


「涼鈴さん。女の人に野暮な事聞かない方がいいですよ?」


 傍にいた一人の女性が涼鈴の腕に絡みつきながら言ってきた。

 その目は嫉妬と妬みに染まっており、柚月が呆れるほどだった。


(そんな関係じゃないのに……)


 溜息を吐くと、ようやく口を開いた。


「その子の言う通りよ。別に私が何処で何をしようと貴方には関係の無いことでしょ?」


 それだけ伝えると振り返らずアパートに繋がる階段を上がって行った。



 ◈◈◈



 ピンポンッ


「ん……」


 寝ていた柚月の耳にチャイムがなる音が聞こえる。誰かが訪ねてきた様だが、柚月の瞼は重く中々持ち上がってはくれない。


(どうせ宅配便でしょ?もう少し寝かせて……)


 そう思いながら頭まで布団を被った。


 ピンポンッ……ピンポン……ピンポンピンポンッ!!!


 そんな事などお構い無しに、訪ね人は執拗にチャイムを押し続けてくる。


「──だぁぁぁ!!!誰!?」


 耳障りなチャイムの音に安眠を邪魔された苛立ちをぶつけるかのように勢いよくドアを開けると、そこには涼鈴が立っていた。


 その顔には怒りと傷心したような苦々しい表情が入り交じっていた。


「え……?」


 涼鈴の見たことも無い表情に戸惑っていると、涼鈴は柚月の腕を掴み壁に押し付けると、乱暴に唇を合わせてきた。


「ちょ──ッ!!」


 必死に顔を逸らそうとするが、その度に顔を掴まれ固定される。

 何故こんな状況に陥っているのか頭を巡らせるが、答えが見つからない。その内、呼吸が苦しくなってきた。


(いい加減にしろッ!!)


 我慢も限界になり、涼鈴の唇を思い切り噛み付いた。


 ようやく離れた涼鈴の唇には血が滲んでるが、謝る気は毛頭ない。むしろ謝って欲しいぐらいだが、どうも様子がおかしい。


「……なあ、僕と寝た次の日に他の男の匂い付けるってどういうつもりなん?」


 その声は酷く冷たい。


「そんなに僕の事嫌いなん?」

「……え?」


 顔を上げた柚月の目に映ったのは今にも泣き出しそうなほど、切ない顔をしている涼鈴だった。


「それとも、柚月ちゃんは誰とでも寝る子やの?」

「──ちがッ!!」

「じゃあ、どうゆう事やねん!!」


 聞いたこともないほど大きな声で怒鳴られ、柚月の肩がビクッと震えた。


「僕かてこんなん言いとうないわ……」


 柚月の肩に埋まるように涼鈴の顔が置かれた。


 何でこの人はこんなにも弱い所をさらけ出して自分に縋り付いてくるのか柚月は分からない。ただ、何となく放っておけないと言う気にはなった。


 柚月は自分の肩で項垂れる涼鈴の頭をポンポンと優しく叩いた。


「まったく、人の話を聞きなさいって先生に教わらなかったの?」

「…………」


 返事は……ない。


「なに不貞腐れてるんだか知らないけど、同期と飲んでただけよ?飲みすぎて吐いちゃったもんだから介抱してくれてたの。ああ、勘違いしないように言っとくけど、朝までゲームしてただけ。その後はベッド独占した後、爆睡。気付いたら夕方だったって訳」

「……………」


 正直に話したが反応無し。

 しばらく待ったがうんともすんとも言ってこない涼鈴に柚月がキレた。


「大の大人がうじうじみっともない!!言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!」


 涼鈴の顔を両手で強く挟み、しっかりとそのめを見つめ返した。すると、涼鈴がフッと優しく微笑んだ。

 それは、いつも見る張り付いた笑顔ではなく、心の底から安堵したと言いたげな表情で、思わずドキッと胸が鳴った。


「そうやね。柚月ちゃんの言うとおりや」


 そう言うと涼鈴は少し距離を取り、柚月の手を握りしめた。


「柚月ちゃん。僕のものになって?」

「は?」



 ◈◈◈



 青天の霹靂の様な告白から数日。


 今日も今日とて呉服屋は大盛況。ミドルからマダムまでよくもまあ、虜りに出来るものだと感心しながら横を通り抜けていると「柚月ちゃん」と声がかかった。


 声の相手は言わなくても分かってる。相変わらず両端には女の子を囲い込み、柚月を睨みつけている。


「今帰り?」

「ええ」

「後で部屋行っていい?」

「……お断りします」


 その会話が聞こえたであろう女の子らは直ちに悲鳴をあげた。


「涼鈴さん。その女性とはどういう関係なんですか?」


 顔を引き攣らせながら一人の勇敢な女の子が問いかける。


「柚月ちゃんは僕の大切な人やよ」

「ちょっ!!」


 柚月の肩を抱き寄せながら言われ、女の子達は悲鳴と言うより絶叫している。


 因みに、涼鈴からの告白は丁寧にお断りしている。自分は愛だの恋だのがよく分からないし、一人に慣れすぎて今更誰かと付き合うつもりはないと。


 だが、涼鈴は引かなかった。


 最初は可愛いと思い声を掛けたが、自分に靡かない柚月を気にし始めたが、時折見せる柔らかな顔や疲れた表情を見せながら煙草を吸う姿に目を奪われ、最終的にはミイラ取りがミイラになった状態だったと。

 自分から好きになる事など数える程しか無かったので、どう接していいのか分からず、あの夜の様な事態になった。


「僕は諦めんよ?」

「はっ、執拗い男は嫌われるわよ?」

「そりゃ困るな」


 いつもの様に軽くあしらい呉服屋を後にする柚月。

 涼鈴に背を向けたその顔は頬を赤らめ、嬉しそうだった。




書き上げて放置されてたものなので、とりあえずこれで完結という事で……(。>ㅿ<。)


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