第九話 この世の神秘
平和(?)な日常の真ん中で今日も何でも屋は営業中―。
第九話 この世の神秘
「で…黒豹、『この世の神秘』って何なのさ」
「お前、それで本当に魔法学校出たのか?この世の神秘って言ったらもうアレしかないだろ」
ワトソンの名誉のために言っておくと、ワトソンは一級解術師というもっとも位の高い解術師の称号を持つかなり凄い人なのだ。それには魔法学校を出ることはもちろんのこと、卓越した技術と魔術量を持つことを必要とする。さっきも述べたが、ワトソンは本当に凄い人なのだ。本来であれば、何でも屋などやっているわけがないのだ。
「言っときますけどー、僕一級解術師ですー」
「ハッ、大した解術師もいたモンだな。俺なら絶対にお前なんかに頼まないね」
一級解術師であるワトソンをこき使うのはこの世でこの男、黒豹ぐらいである。
「おい!今すぐアンタも解術してよわよわのへのへのにしてやってもいいんだぞ!」
ワトソンも負けじと言い返す。
「ハン、残念でしたー。俺は能力奪われても強いんですー」
「お望みならやってやろうか?僕はね、正直その『ポルターガイスト』なんてダサい能力は辞め時なんじゃないの、って思ってんだけど」
「本当に『ダサい能力』かどうか試させてやろうか?」
黒豹が悪い笑みを浮かべる。その笑みに、黒豹の能力の怖さを知っているワトソンはうひっ、と息を吞む。
「じょ、冗談だって…ハハハ…」
「うーん、とりあえずあの闇医者の件、お前はどう思う?」
「そうだね…今日これで跡追いは無理だって分かったから…次に死体が出たときに物理的に追うしかないんじゃない?」
「やっぱそうだよな。闇医者にそう言ってから帰るか、」
「…助っ人呼ぶ?」
「それがいいかもな。なんか、今までになく忙しい気がすんのは俺だけか」
「いや、気のせいじゃないと思う。なんか僕たちヘンなことに巻き込まれてる気がする」
「…ヘンなこと言うなよ」
「わーッ、さっむ!!」
「お前、今日晩飯ぬきな」
「ちょ、ちょっとォォォォ!!」
何でも屋のくせに仕事のない何でも屋のふたりの男の一日は今日も平和に暮れるはずだった…。
***
「え、ちょ待ッ、…ええええええええええええええッ!?」
とっぷり暮れた街に響き渡るワトソンの悲鳴。何でも屋の前を通る通行人が二、三人ビクッとして立ち止まりまた歩き去って行く。
「マジで…マジでアレだった…」
雲豹に渡されたキューブの中に入っていたものをキューブから出したワトソンはしゃがみ込んではらはらと涙をこぼした。
「だからあいつも説明できない、って言ったんだろ。なんせこりゃあ物凄い大罪だからなァ。ワトソン、今のうちに遺書書いといたほうがいいぞ、流石にこれは首が飛ぶ。まぁったく、あいつもやることえげつないな。もっとお代頂いとけばよかった」
やはり、この男。どんなに危機が近づいても笑っているらしい。しかし、ワトソンの言うようにコレは犯罪どころの話でなく、人としての罪、禁忌である。
「まァ…泣こうが喚こうが事実は変わらねェしなァ…ここはワトソン、お前が罪を被ってくれ」
「キェェェェェェェェェェェッ!!!冗談じゃない、それでも人か、アンタ…!!!」
「わぁーった、わぁーった、冗談だよ」
「おっまえなァァァァァ!言っていい冗談と悪い冗談があるんだよォォォォ!」
ワトソンの血管は決壊寸前である。苦労の多いことである。
「一体どうしたんですか」
そう言って奥の階段からさらさらした金髪を揺らしながら少年が降りてきた。彼の名はニコライ。ワケあって何でも屋で暮らしているナチュラルギフテッドの少年である。
「え゛ッ、」
ニコライも事の異常性を察したらしい。青い顔をして後ずさる。
「く、く、黒豹さん!!これはマズいですよ…!!ひゃ、ひゃ、ひゃ、百顔姫なんて…!!」
百顔姫。感情、言葉を持たない美しい女。その美しい姿を拝むのは王家にだけ許された特権である。その他の者がその姿を見るのは王に対するこれ以上ないほどの非礼であり、またその美しさ故に禁忌とされていた。もはや宗教的な罪に近いのだ。
しかし、その百顔姫はいま、何でも屋の居間に静かに座っている。
今までキワドイ仕事も多々あった何でも屋だが、史上最大の危機を迎えていた―。