第八話 雪豹
平穏な日常の隣に純白の狂気は静かに美しく微笑む―。
第八話 雪豹
甘ったるい男物の香水の香り。丁寧に淹れられた上質な紅茶の香り。その真ん中にその男は静かに座している。よく手入れされ襟もとで揺れるさらさらのシルバーブロンドの髪。淡青色の瞳を隠す月の光をまぶしたような長い睫毛。形のいい綺麗な鼻。薄く微笑みを浮かべる桜色の唇。そう、この男は美という美を兼ね備えていると言っても過言ではなかった。
「雪豹様。跡を全て消してまいりました。これで奴らは追って来られないかと」
黒髪の細身で長身の女が彼の前に跪いた。
「うん、ありがとう霧雨。こっちにおいで」
霧雨と呼ばれた女はうっとりと雪豹の膝の上に座り、その胸に猫のようにすり寄る。
「今日もお疲れ様」
雪豹に霧雨。連続殺人鬼にして、能力者絶対主義を掲げる危険思想犯罪集団を統べる中心人物である。彼らの目指す世界は「人が人から奪わぬ、弱者の存在しない世界」。それを阻害するのは非能力者や貧困層としている。彼らの理想への目指す手段はただただ単純かつ残虐なものだった。邪魔な人間を殺す、ただそれだけだ。これまでに延べ十万人がその犠牲となっている。
「霧雨。弱いって罪だね?」
雪豹がぽつりと霧雨に問う。その美しい顔は苦悩に淀んでいた。
「?」
意図が分からない霧雨は困ったように琥珀色の目を丸くして雪豹を見上げる。
「親のない子も、親を亡くした子も、親に売られた子も、国家保安隊員にさせられちゃった。非能力者という弱い存在がまた弱い存在を苦しめるんだ。弱いって罪だね」
「…雪豹様。黒豹、雲豹はいかが致しましょう」
「ふっ。霧雨。そういうところが好きだよ…」
「雪豹様?」
「…ふたりはまだいいよ」
「雲豹はまだしも、黒豹は貴方様の脅威となるように思えません。何でも屋としてだらけきった生活を送っているではありませぬか。そしてただの大金に目のくらんだ大義など持たぬ浅ましい窃盗犯ではありませぬか。正直、大義を果たそうとする貴方様が気にする価値もない相手のように見えます」
「そう見えるかもしれないね。でも奴にも僕と同じように大義がある。見た目に騙されてはいけないよ」
雪豹は殺人鬼とは到底思えない穏やかな表情で言った。
「それに彼は…黒豹は…僕にとって特別なんだ」
「特別…?」
「僕の兄弟で、僕の憧れ」