第四十七話 時雨
あるところに、天才と称えられる薬師がいた。その薬師の処方した薬を飲めばたちまちにどんな病でもたちまちに癒えるという。その名も―
第四十七話 時雨
「なァ、時雨。俺にも処方してくれないかな」
黒豹は自分の唇を指差しながら言った。
「貴様には処方しない。貴様にやる薬はない」
時雨は腕を組みしかめ面をして首を横に振った。
時雨という女は低くてそれでいてまろやかな個性的な声をしている。それでもってこの無機質な話し方が時として黒光りする色気を醸し人の心を掴む。
「ハハッ、つれないこと言うなよ」
「その呪いに効く薬なんてないのは分かっているだろう。解術師に頼むことだ」
「嫌だね、俺はこの呪いがないと生きてらんねェよ」
「相変わらず痛い奴だ」
黒豹はふっと笑って肩をすくめた。
黒豹という男は、目に琥珀色をした底なし沼を隠している。凛とした危険な色気を宿したその目を見る者の心を全て絡め取りずぶずぶとその沼に引きずり込む。
「おい、ワトソン。いつまで床舐めてるつもりだ?」
「いや、舐めてねぇよ」
ワトソンがボソッと拗ねたようにツッコむ。
「ワトソン、時雨だ」
遅すぎる感もあるが黒豹がワトソンに時雨を紹介した。
「黒豹、説明」
ワトソンは黒豹を睨む。初対面でゲロチューをさせられたとなれば、当然だろう。
「説明?ああ、そうだったな」
黒豹が説明しようと口を開いたその時だった。時雨がワトソンの顔を掴んだ。補足しておこう。時雨は小柄で華奢で個性的な魅力の持ち主であるが、馬鹿力の持ち主でもあったのだ。
「ちょ、え、あああ、今度は何ッ⁉」
「喉の調子はどうだ」
「え、喉?え、ああ…確かにさっきより喉が楽かも」
「なんだ、お前。風邪ひいてたのか」
黒豹が驚いたように尋ねる。
「まぁ、風邪ってほどでもないけど。引きかけみたいな。え、じゃあ待って、時雨さんが僕の風邪を吸って薬にしてくれたってこと?」
「そういうことだ」
時雨が頷く。
「…ありがとう」
「いやいや、貴様の風邪は美味かった」
「どういたしまして?」
ワトソンは困ったように頬をポリポリかいた。
「ほら、時雨。くれてやるよ」
そう言って黒豹は時雨に殺虫剤の缶を投げた。
「判っているじゃないか」
時雨はその缶をキャッチしてその表示を見るなり心底嬉しそうな顔をした。
「それにしても、これをどこで入手したんだ?近頃この銘柄はとんとお目にかかれないんだ」
「それもそうだろうな。少し前に販売中止になった。法定禁止物質がガンガン含まれてた。お前、ニュース見てないのか」
「興味ないからな」
「そういやお前はそうだったな」
黒豹と時雨が親しげに会話を続ける一方、ワトソンは二人の様子を見て絶句していた。
うっわー!!僕、完ッ全にアウェーなんですけど⁉この二人ってさぁ…!マジコレ絶対昔付き合ってたっていうか、そうじゃなくても「夜のオトモダチ」だったっていう雰囲気じゃん!!そんな中に僕はどんな顔していればいいワケ⁉いやいやいやちょっと待って⁉僕さっきその時雨さんとキスしちゃったよね⁉僕の意志でなく向こうから来たから事故みたいなモンだけど!!それを黒豹も見てたわけで…うわぁぁぁぁぁぁぁ困る、困るどころの話じゃないんですけどォォォォォッ!!ちょっと⁉マジでどうしてくれんのォォォォォォォォッ!!
「おい、ワトソン、いつまでそこでぼーっとしてんだ。そんなに時雨の処方がヨかったか?だったらかかりつけにでもしたらどうだ?少々高くつくがな」
「しません!!」
「しないのか?残念だ…貴様のことをもっと知りたいのになぁ?」
時雨が後ろからワトソンに抱き着くように密着すると細い指でワトソンの頬を撫でた。その瞬間、ワトソンの顔は真っ赤になる。
「…ッ、しませぇぇぇぇん!!」
「時雨、からかうのもそのくらいにしてやれよ。こいつは遊びと本気の違いなんて分からんお子ちゃまだぞ」
「お子ちゃま⁉僕、アンタより年上なんですけどォォッ⁉」
「冗談はさておき、だ。黒豹、何か用があるんじゃないのか」
「ある薬の原料の在り処を教えて頂きたくてね」




