第四十六話 ワトソン
「ぬっ…」
頬に固いものを感じて薄ら目を開けると、床が自分の視界いっぱいに広がっていた。僕、床に転がっていた…? あれ…僕どうしたんだっけ。知らない女の人にキスされてそれで…ああ…ゲロチューだった…。僕、ゲロ食らったんだった…。どうしてかなあ、僕は女の人が絡むといいことがないんだよなぁ。
第四十六話 ワトソン
不遇な人生だった。才能に恵まれず、肝心の恋愛の方もからっきし。僕は大昔から伝統的に盗むことで生計を立てている「怪盗」の一家に生まれた。それも長男だ。一人姉はいるが、僕以外に男子はいない。だから当然、僕が家を継ぐものだと思われていたし、僕もそう思っていた。一族で最も偉大な怪盗になるのだと僕含め家族全員がそう信じていた。しかし、蓋を開けてみたら違った。僕は、鈍臭かった。走れば遅いし、何もないところで躓いて転ぶ。ものをやっとこさ盗んできてもそれは空の金庫だったり贋作だったりする。つまり、僕に怪盗の才能なんてひとかけらもなかったのだ。ここでもし、僕にかわいい彼女でもいたら僕の心は救われたかもしれない。でもそれもなかった。背が高いわけでも、顔がいいわけでもない。手足も短い。鈍臭い。そんな僕は当然、女の子とイイ感じになってもただ相手に弄ばれていただけで壊れたオモチャのようにぽい、と捨てられるのが関の山。全てを諦めかけたその時、僕に魔術が発言した。それも魔術を解く、つまり解術の能力。怪盗からしたら便利極まりない能力のはずだ。僕のその力の前では魔術セキュリティーもオモチャ以下に等しいから。しかし、それが屈辱の始まりだった。僕は、期待の跡継ぎ息子からでくの坊に転落しただけでなく、さらには「道具」に堕ちた。怪盗の道具としてならまだよかったかもしれない。しかし、僕はそれだけにとどまらず、姉のオモチャとなった。僕と違って才能に恵まれた彼女はもうそのころにはしっかりとうちを担っていく存在として誰からも認められていた。そんな姉は猟奇主義者だった。事あるごとに僕をいたぶった。高い所から突き落としたり、僕にそれ相応の逃げ足がないのを分かっていて、犯行現場にわざと逃げられないように置いて行ったりだとか。怪盗といえど警察の取り締まりの対象になるわけで。犯行現場に置いて行かれ、警察に捕まり、なんとか逃げ出した時に僕は家を決意した。その後も紆余曲折してその中で黒豹と出会って今に至る。今でも黒豹と出会った時のことは忘れない。こんなにめちゃくちゃな人間っているんだな…というのが第一印象だった。そして相変わらず扱いはうちにいた時と同様に雑だ。それでも嫌でないのはなぜだろう。それは…
「ほんっと人誑しだよなぁ」
僕はきっと他でもない黒豹という人間の虜になっているのだろう。
「俺のことか?」
「聞かなくたって分かるでしょ」
「違いないな」




