第四十話 王立図書館vs何でも屋 後編
第四十話 王立図書館vs何でも屋 後編
「さあて、一仕事しますか」
ワトソンは神経を集中させると王立図書館を覆う魔術の網を慎重にほどいていく。ここで魔術の出力量を無駄に多くすると、跡が残る。跡が残れば足がつく。魔術の跡を残さないようにするには被解術対象の魔術と自分の魔術同士が相殺しあうようにムラがないように出力することだ。言葉で言うのは簡単でもそれができるのは一級解術師ほどの実力を持つ者だけだ。一級解術師であるワトソンは、その卓越した技術はもちろんのこと、その速さにおいて他の解術師とは一線を画す。それが窃盗犯黒豹をより捕まえにくくしているのだ。そんなワトソンを前にしては、王立図書館の屈指の魔術セキュリティーもオモチャに等しい。開始からものの二分で完全に解術が済んだ。一級解術師ワトソン、恐るべし。魔術セキュリティーが破られたのを感知して、図書館の中ではサイレンが鳴り響く。ワトソンはそれを確認するとそっとその場から立ち去った。
***
王立図書館の中で、魔術セキュリティーが破られたことを知らせるサイレンが鳴り響く。それを聞いて黒豹は立ち上がる。
「やあっと出番か」
黒豹は首に下げた冷たい金属のような石に触れる。ワイルドストーン。それは能力者の残す跡を完璧に消す人工石。ワイルド・ワイルド社が黒豹のために作った石である。
廊下にぞろぞろと他の警備員が出てくる。そしてまた事前に有事の際に誰がどこで不審者の捜索にあたるかのマニュアルに沿って警備員たちはバラバラ分かれて行く。もちろん、黒豹は件の禁書エリアである。禁書エリアは最も多くの警備員が配置されることになっているが、黒豹の前ではそんなことは些末な事柄に過ぎない。なぜなら黒豹はかつて「無音の死」と称せられるほど瞬く間に、そして本人も周囲も気づかぬうちに殺人を決行するほどの実力者であるからだ。ほぼ素人あがりの警備員が何人いようが、問題はない。
「この階は中でも貴重な書物があるエリアだ。侵入者はここにいるやもしれん。心せよ」
「お前はあっちを捜索しろ」
黒豹が他の一人と任されたのはその書物があるところとは正反対の場所だった。これはさすがにマニュアルなどなかったので、黒豹にもどうしようもないことだ。しかし、黒豹には策がある。黒豹は歩きながらもう一人の足をわざとを装って踏む。
「あ、ああ…悪い…暗くて見えなかった」
黒豹は詫びる。しかし、それは相手には届いていない。なぜなら黒豹の靴の踵には極細ながらも靴を貫通する針を仕込んであり、その針には毒が塗られている。その毒が回れば一時的な昏睡状態に至る。しかし、時間が経てば体内で分解され検出することは絶対にできない。そして針の痕も残らないので、まず毒を注入されたと発覚することはない。相手が倒れる音を隠すために黒豹はあるわざと本を落とす。
「不審者発見!増援要請します!」
黒豹はそう叫んだのちに音弾と呼ばれるものを転がす。爆発音がして辺りに煙が満ちる。黒豹は煙の中こちらに向かってくる警備員の間を、煙の動きで気取られぬようまだ煙の充満していない足元をすり抜ける。煙とともに音も出ているので、それに気付く者もいない。
黒豹がついに目当ての書物のある書棚の前に立ち手を伸ばしたその時、並行時計の中に入っている砂の最後の一粒が落ち、黒豹の姿が歪んで消え始めた。




