第四話 百顔姫
魔法国家リュートレーネの夜、誰が為にその華は咲く―
第四話 百顔姫の翠玉
闇医者の診療所から離れて魔法国家リュートレーネの中枢。日もとっぷり暮れた後、その建物は目を覚ます。
傾けられる盃。笑い声。ひらめく天女の衣のような色鮮やかな布。熱を増していく音楽。その熱狂の真ん中に、冷ややかにその華は咲く。
<百顔姫>。何世紀にも渡り、王家に仕える種族。圧倒的な美しさと圧倒的な舞のセンスを持つ、哀しき下等生物。面を次々と付け替えその面がかたどっているものが乗り移ったように踊る姿は時に「百の顔を持つ」とも称される。しかし、仮面を取ると感情のない生き物になってしまう。また、人の顔を覚えることはほぼない。言葉を理解することは稀にあるが、言葉を発することはない。そのため、人でない存在として人々から迫害され、王家に仕えることでしかその生存権は保障されない。そして美しさや舞のセンスと引き換えにとても短命だ。しかし、感情を手に入れた百顔姫は普通の人間と同じ命の長さを得ることができるという伝説もある。
百顔姫は舞う。音楽に酔い、命を燃やしながら。ほんの一瞬、面の下から百顔姫の顔が覗く。切れ長の形のいい目の中に冷ややかに翡翠が光る。アラバスターのような肌とは対照的な、闇という闇を全て集めたような漆黒の髪。すらりと高い身長に、程よく筋肉のついた長い手足。歴代百顔姫の中でも最高傑作とも称される百顔姫、翠玉である。
***
宴会がお開きになると、百顔姫は狭い部屋に戻され、鎖で繋がれる。そうして夜になるとまた王に仕えるためにそこから出される。基本、百顔姫を世話する者以外はこの独房に訪れることはない。しかし、この翠玉は違った。
「翠玉」
鉄格子の向こうから呼びかける声に応じて翠玉は鉄格子のところまで進み出る。
「…ウンピョウ」
翠玉は他のどの百顔姫とも違った。人の顔をある程度記憶して識別し、単語を発する。しかし、百顔姫の運命には逆らえず、刻一刻と「その時」に近づいているのだった…。