第三十九話 王立図書館vs何でも屋 前編
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ…!!」
おおよそこの世のものとは思えない、女の呻き声。ぽたぽたと染みをつくる血と膿。はらりと落ちる半透明の青緑色の鱗。そこにはかつての美しい翠玉はいなかった。
第三十九話 王立図書館vs何でも屋 前編
王立図書館。それはリュートレーネ国内最大の公立の図書館である。交易や、国内の貴族から買い上げるなどして集めた蔵書の数はおよそ二億にも及ぶ。そして、膨大な蔵書ゆえに、表に出されている本の数よりも書庫にしまわれている本の数の方が多いという。国内最強のセキュリティーを誇る。
何でも屋。それは殺し以外の仕事はだいたい何でも引き受け、代金もかなりリーズナブルであるという、弱き者にとっての最後の砦である。その親切で二枚目な店主の正体は逃れ者国家保安隊員1457、今では殺しからは足を洗ったただの窃盗犯黒豹。そしてその相棒にして一級解術師のワトソン。リュートレーネ国内でも最凶と恐れられる窃盗コンビ。
最強vs最凶。今夜その勝負を決することと相成った。どちらが制するとも予測しがたい勝負、制するのは果たしてどちらか?
「なァ、ワトソン。楽しい夜になりそうだな」
王立図書館の真正面に立つワトソンの持つトランシーバーから黒豹の声がする。
「あのさぁ、そういう紛らわしいかついやらしく聞こえるセリフやめてくれない?ここから読み始めた人、絶対BLだと思うじゃん」
「ワトソン…お前なぁ…ついに『深海輝蕾の部屋』に出たらしいじゃあないか。いつからそんなに読者に媚びるようになったんだ?」
「はーッ、嫌だね、僻み?」
「お前、明日から風呂抜き」
「あー、はいはいそうですか…って僕たちこんな茶番してる場合じゃないでしょ。準備はいい?」
「こっちは準備万端」
ワトソンと別行動の黒豹はもう警備員になりすまして図書館の中である。
***
遡ること一週間前。黒豹は王立図書館の近くの建物の屋上から警備交代するために王立図書館の警備員通路を歩く男を双眼鏡でじっと観察する。もうここで張って一週間が経つ。黒豹が見ているのは、体格や歩き方、そこでの人間関係や交代スケジュールだ。
「お、あいつ。いいね」
黒豹が一人の男に目を凝らしたのちにその男の顔を写真に撮る。
その翌日。ワイルド・ワイルド社社長室にて。
「なァ、この男のマスク作ってくれないか、急ぎで」
「ほう?いいよ」
紫のくせっ毛の女社長は威勢よく頷いた。
「報酬はこのくらいでいいか」
黒豹が何やら手で合図をしてみせる。
「毎度あり!」
女社長は真っ白な歯を見せて笑った。
遡ること一時間前。王立図書館前の細い路地。黒豹が目を付けた男が勤務のために図書館に向かって歩いて行く。それを曲がり角で待ち構える黒豹。
「ポルターガイスト」
黒豹は低い声で呟く。途端に男に金縛りがかかり、男は気を失う。黒豹はその制服を剥ぎ取ると男を慎重に隠した後、制服を身に着けた。仕上げにワイルド・ワイルド社で特注したマスクをかぶる。さすがワイルド・ワイルド社製品なだけあってマスクとは分からないほど精巧に作られている。
警備員通路。警備交代のため制服を着て警備室に向かって歩く男。しかし、それは警備員の男に化けた黒豹である。
つい今しがた。警備員室。民間でなく国の雇った警備員であることを表す緑色の制服を着た警備員が欠伸をして時計にちらりと目をやる。
「なァ、俺たちってホントに必要?こんなセキュリティーの万全なところに泥棒入ろうとするやつなんかいないって」
そこに警備員に化けた黒豹がぬっと現れる。
「いいや、そういう慢心が黒豹みたいな窃盗犯を呼ぶんだよ。お疲れ様」
「ああ、一理あるな。お疲れ様」
欠伸をしていた警備員は疲れた足取りで警備員室を去って行く。
「一理あるな」だと。そりゃそうだろ。だって本物の窃盗犯黒豹サマが言ってるんだから。
「なァ、ワトソン。楽しい夜になりそうだな」




