第三十四話 青緑と赤
「ッ…!」
翠玉が手の甲を押さえてうずくまる。そこからは真っ赤な鮮血が床に滴っている。
「翠玉さん!!」
ニコライのただならぬ声に黒豹は本から目を上げるとどうしたものかとニコライと翠玉のもとに向かう。
「どうした」
黒豹は床の血だまりに気付いて、少し驚いたように息を吞む。そののちに血だまりの中にあるものを見て
状況を察する。
「…剥がれたか」
血だまりの中には淡い青緑の鱗が落ちていた。
第三十四話 青緑と赤
「ニコライ、お前は下がってろ。血に触れるな、いいな」
「でも黒豹さん…」
「血にどんな成分が含まれてるか分からない。俺たちにとっては毒になるかもしれない」
ニコライはそれを聞いて心配そうな面持ちで後ろに下がる。
黒豹はそう言ってしゃがみ込み、うずくまる翠玉の肩を抱く。黒豹の服にべっとりと翠玉の血がつく。
「黒豹さん、」
「言うな」
黒豹はニコライを見上げると首を横に振る。ニコライはごくりと唾を飲み込むと、口をつぐんだ。
「おい、立てるか。水場行くぞ」
黒豹は翠玉の腕を自分の肩に回し腰を掬って横抱きにする。そして水場に向かって歩き出す。ニコライはただ立ち尽くすだけだった。
翠玉さんはこのまま鱗が増え弱っていって死んでしまうのだろうか。死ぬまでの間、今のように鱗が剝がれる度にあんなに苦しい思いをして死んでいくのだろうか。手の甲の一枚の鱗が剥がれただけであんなに痛いのだから、顔の鱗が剥がれたときはどんなに痛いだろう。そして黒豹さんは…?もし、黒豹さんの言う通り翠玉さんの血が毒だった時、黒豹さんはどうなるのだろうか。翠玉さんみたいに鱗ができて、それが剥がれる度に苦しむことになるのだろうか。翠玉さんだけでなく、黒豹さんまで喪うことになるのだろうか。
ばしゃばしゃ流すような水音とこの世のものとは到底思えない叫び声が聞こえてくる。ニコライは床の血だまりに目を落とす。不気味な温かさを伴って生臭さが迫ってくるような気がして胸が苦しくなった。
ところ変わってシラの水場。黒豹は痛がって叫び声をあげながら身を捩る翠玉の手の甲を繰り返し水で流していた。生温かい血が滴っては水に溶け、じわっと滲んでは排水溝に流れていく。親指の爪ほどの大きさの鱗が剥がれたにしては出血が多い。未だに血が止まらない。流しても流しても血が溢れてはこれまた鱗のようなタイルの上に滴る。
「…!」
黒豹は一瞬、息をするのも忘れて目を見開いた。水で流してから血がまた溢れるその一瞬の間に確かに見えたのだ。
親指の爪ほどの鱗が剥がれた所の皮膚がなくなって真っ赤な肉が見えていた。




