第三十三話 暗転
「わーッ、すごいや翠玉さん!」
ニコライは目を輝かせて翠玉の手元を覗き込む。いま彼らが興じているのはあやとりだ。翠玉はその長い指を活かしてあやとりの才能を示していた。
「ニコライが教えてくれたからだ」
お分かりの通り、とにかく翠玉に話しかけるという作戦の一番の功労者はニコライであった。そのおかげもあってか、翠玉は以前よりもよく話すようになった。片言感もなくなった。
「あれ、どうかしましたか」
ニコライは翠玉が手の甲をさすっているのを見て言った。
「なんかピリピリする」
第三十三話 暗転
それは突然起きた。ある日の朝食の席でのことだった。
「す、翠玉、それ」
珍しく黒豹が狼狽えた声を出した。黒豹が指さす翠玉の手の甲には一枚の半透明の淡い青緑の鱗があった。
「近頃ピリピリすると思ったらこうなった」
翠玉は何でもなさそうに鱗を一瞥した。
「痛いか?」
「いや全く」
「なァワトソン…百顔姫って鱗のある生き物だったか…?お前学校でそう習ったか?」
黒豹はちょうど起きてきたワトソンに尋ねる。そのTシャツには「寝坊」とプリントされている。
「え…なに…?」
ワトソンが寝ぼけまなこをこする。
「百顔姫って鱗のある生き物だったっけ、って」
黒豹がもう一度はっきり繰り返す。
「えッ、そんなことないと思うけど。ちょっと見せて」
黒豹の言葉にすっかり目が覚めたワトソンは翠玉の手を覗き込む。
「あー、これか」
「どう思う?」
「…ヤバいと思う」
「だよな」
「僕が学校で習ったのは…弱ってくると鱗ができる魔法生物って結構多い、ってこと」
それを言ったワトソンも聞いた黒豹もさっと青ざめた。
「じゃ、じゃあ…翠玉が弱ってると…?」
「そうは見えないけどそういう事になるよね…」
「由々しき事態ってやつだな」
それを言った黒豹も聞いたワトソンもだらだらと冷や汗をかき始めた。
「と、とにかく闇医者のところに連れて行く」
***
「…そういうわけなのだが」
闇医者の診療所で黒豹が事のあらましを説明する。それを聞いたあと、闇医者はつい今しがたやった翠玉の検査結果が書かれた紙に目を落とす。
「そうだな…医学的に見ても弱ってるとは言えないな。医学的には今のところ健康だから今日は特に治療として出来ることはない。でもまた何かあったら来い。人間とほぼ変わらんといっても百顔姫は魔法生物という括りであることに変わりはない。普通の人間の常識が通用すると思わないことだ」
「そうか」
「おい小僧、もしこれから先、百顔姫になんかあっても自分を責めるんじゃないぞ。生き物はいつか死ぬんだからな。それが早いか遅いかだ」
「闇医者ァ、こいつはまだロクに生きちゃいない。それなのに、死ななきゃならんのか」
「死は誰に対しても平等だ」
冷たく闇医者は言う。
「そうだな」
黒豹は立ち上がって翠玉とともに診療所を出た。
***
その数日後。
「遂にか」
「あー、これはかなりマズいね…」
黒豹とワトソンの前に立つ翠玉の右頬は淡い青緑の鱗で覆われている。




