第三十一話 蛇眥
何でも屋、人類最大の禁忌に挑む―。
第三十一話 蛇眥
「で、黒豹、翠玉班の僕たちは何するの」
「百顔姫のことを知らなければ手は打てない。よって百顔姫の情報を集める」
「えっ、えっ、そんなの無茶だよォォォォッ」
ワトソンが叫ぶ。一見、ワトソンが弱音を吐いているように見えるが、ワトソンが言うことも一理あるのである。百顔姫は王家にだけ許された特権。ゆえに王家以外の者には許されないのだ。その百顔姫の情報も同様に知ろうとすることは重罪に問われる。
「まぁ、確かに無茶だな。だが俺たちはいい人材を知っている」
「あーあー、この人、絶対ロクなこと言わないよ」
ワトソンは呆れたように言う。
「なんでも知ってて払うモン払えばなんでも喋る奴がいるだろ」
「でもカネさえ払われれば他人に僕たちのことを喋るのもまた事実」
「おいおい、ワトソン。忘れたか?いるだろ、絶対に裏切らないアイツ」
「うーわ、行っちゃう?その辺で情報屋にお金払うよりも高くつくよ」
黒豹の言う「アイツ」を理解したワトソンは身震いしながら言う。
「お前は来なくていい。俺一人で行く」
「気を付けてよ、簡単に寿命十年とか払って来ないでよ」
***
黒豹は護符だらけのドアそのものが見えなくなっているドアを開けて、薄暗い部屋の中に入る。
「よぉ…」
黒豹がそう言い終わるか終わらないかのうちに奥から大蛇の毒牙が飛んできて黒豹のすぐ脇に刺さる。
「まったくそなたは殺しても死なぬ男じゃな」
「…蛇女太夫」
「その名で呼ぶな。わっちに殺されたいのか。そなたの用は知っておる。言うまでもない」
奥から煙管の煙が漂ってくる。
「助かるよ」
奥から女が衣擦れや花魁下駄を引きずる音とともに奥から出てくる。髷や鱗のような模様の着物は我流に崩しており、色の白い華奢な肩や大きな胸の谷間が惜しげもなく晒されている。女は蛇のような黄色のつり目を向けると煙管の煙をふーっと黒豹の顔に吹く。女の名は蛇眥。昔は芳ヶ原と呼ばれる場所で蛇女太夫と呼ばれ、働いていた。しかし、訳あって追われここで密かに暮らしている。
「相変わらずおなごの匂いがぷんぷんする」
「お前も相変わらず、不健全な匂いがぷんぷんする」
「わっちは夜に生きる生き物。太陽は嫌いじゃ。戯れもここまでとしよう、黒豹。そなたが知りたいのは百顔姫のことについてであろう。結論から言おう、お前の百顔姫は死なない。ただしわっちが言った通りにすればの話だ。王立図書館の地下の禁書エリアの生物学コーナーに『魔法生物大全』という書物がある。その書物に百顔姫を人間にする方法が書かれている。しかし、それを正規ルートで持ち出すことは当然不可能。盗み出すしかない。禁書エリアのセキュリティーは固いが、そなたとあの解術師の男とで突破することは容易い。セキュリティーは魔術的なものと物理的なものとの二段階。解術師に魔術を解かせる。魔術が破られたことを感知すると物理的セキュリティーが発動する。また、五分以内に警備員が駆けつける。五分以内に書物を盗み出してそこを出ろ」
「あぁ、なかなか面白いな。だが、五分以内で盗んで出るのは不可能だ。ならば、俺が警備員に混じって入るのはどうだ?」
「可」
「そのエリアの地図を書いてその書物がどこにあるのか教えてほしい」
「いいだろう」
蛇眥は細い指で筆をとりすらすらと紙に地図を書いて黒豹に渡す。
「ありがとう。今日は何を払えばいい?」
蛇眥はそれには答えずに吸い口を袖で拭って煙管を黒豹に差し出す。
「思い切り吸って吐け」
「それでいいのか?」
「いい」
黒豹は少々訝りながらも煙管を受け取ると思い切り吸って吐く。蛇眥はその煙を瓶に集める。
「それ、何に使うんだ?」
「いい魔術の材料だよ」
瓶の口を閉めて棚に置いた蛇眥はにんまりと振り返りながら言う。
「フゥン」
黒豹は肩をすくめてみせた。黒豹には魔術のことなんかさっぱりだからだ。
「じゃあ、ありがとう。言われた通りにやってみる」
「待て黒豹。『霧』に気を付けろ。そなたと百顔姫の運命を狂わす」
「なに?『霧』?」
黒豹は戸口のところで振り返る。
「わっちにも分からん。ただ、それがとてつもなく強い力を持っていることだけは分かる。そなたは強い力を持っているが…もしかしたら敗けるやもしれん」




