第二十七話 取引
黒豹は飲み屋街を一枚の紙幣を携えて歩いて行く。道には店から漏れてきた色とりどりの光と、客の影が映え、笑い声や喧嘩する声、客引きの声が聞こえてくる。暗い路地には逢瀬の男女、店から摘み出された客やその吐瀉物で汚れている。黒豹は顔を顰めた。よくもこんなところに酒を飲みに通うものだ。こんな雑多な騒がしいところでは飲めたものじゃない。黒豹はそんな「物好き」たちの中のひとりに用があってここに足を運んだのであった。
第二十七話 取引
「呑処 大樽回し」
そう書かれた店は酒が樽ごと提供されることで有名だ。そしてそこには酒豪が集まり、酔っ払い同士の喧嘩も日常茶飯事だ。黒豹はその店の暖簾をくぐる。目当ての人物はすぐに見つかった。ほぼ樽に顔を突っ込むようにして酔いつぶれている。樽の縁にかけた左手はだらんと力なく垂れ下がって、この期に及んで右手はジョッキを掴んだままだ。
クッソ、どっかの誰かと同じじゃねェか。その「どっかの誰か」は潰れるほど飲んでも翌日はけろっとしていたが。
「おい、お前、いい加減にしろよ。いい歳して」
「お姉さァァァん、塩辛追加ァァァ…」
「しねェよ、お姉さん、お勘定」
注文だと思って寄って来た女に金を払い、チップを渡し、赤茶色の長髪の男を連れて黒豹は店を出る。
「お兄さぁぁん、寄っていきなよぉ、私とイイコトしようよぉ」
風俗嬢が大きな胸を黒豹の腕に押し付けながら客引きする。
「いや、こいつぶっ潰れてるから遊んでも楽しくないと思うぞ。だったらカネ払いのいい楽しい客捕まえろ」
黒豹はよく分からない躱し方をして飲み屋街を出る。
「ったく、お前生臭ェよ、一体どんだけ塩辛食ったんだ」
黒豹は顔を顰める。この長髪の男の好物は生臭い塩辛である。元から体温が高いのに加え、飲酒でさらに火照った男の体温が移って黒豹も汗ばみ始めていた。汗だくになる一歩手前で黒豹は行きつけのある場所に辿り着いた。そこのドアを開けるとグラマラスな美女が入り口に仁王立ちしていた。
「黒豹、お・ひ・さ・し・ぶ・り」
美女は怪しい笑みを浮かべると黒豹の横っ面に思い切り強烈な平手打ちを見舞った。
「あ、ああ…久しぶりシオン」
女の名は夜桜シオン。このバーの店主である。黒豹とは「いろいろ」あった仲である。
「シオン、奥の部屋借りる」
「あっそ」
黒豹は暗い店内を歩いてその部屋に入った。
「おい、雲豹、ちょっとは酔いが醒めたか」
「うん?ああ…?」
雲豹はゆっくりと目を開きしぱしぱする。
「しっかりしろよ。勘定は俺が済ませてきた」
「ああ…悪いな」
「これ、返す」
そう言って黒豹が差し出したのは一枚の紙幣だ。その紙幣が意味するものを感じて雲豹は目を見開くと黒豹の胸ぐらを掴んだ。
「おい、翠玉になんかあったのか!おい!」
「違う。違うから落ち着け。あいつは大の男組み伏せるじゃ飽き足らず大酒食らうほど元気だって」
「は、」
雲豹は口をあんぐりと開ける。
「今日は、お前とちょっと取引したい」
「酔っぱらってる相手にやるたァ、お前、性格悪いな」
「じゃなきゃお前、俺を撃つだろ」
「ハハッ、違ェねェ」
「ほらな。俺が言いたいのはこうだ。この紙幣は返す。返すから翠玉の依頼のお代は別のカタチで払って欲しい」
「そういうことなら」
「言いたかないんだがな、どうやら雪豹が出たかもしれない」
「は…?」
「俺も信じられないんだが、ほぼ確実に雪豹は生きてる」
「俺にどうしろと?国家保安局員のコネを発動しろと?言っておくが、そんなコネは俺にはないぞ」
「ああ、知ってる。だからお前に頼みたい、あいつがすること為すこと全て妨害してくれ」
「は?」
「どうもあいつ、殺すことで殺した人間を自分の操り人形にしてるみたいだ」
「要は殺させないようにすればいいと?」
「斬らせてもダメ」
「あーあー、なんちゅうアバウトな注文。お上でさえそんなこと言わないぜ」
「お前、遠距離攻撃得意だろ」
「そりゃね」
「よく鼻の利く猟犬もつける」
「いいねぇ、乗った」




