第二十六話 帰宅
窮鼠、猫を噛まずして生還―。
第二十六話 帰宅
「ただいま…」
黒豹は家のドアを開ける。敵に斬られたわけでもないがそれ以上に疲れている。
「黒豹さん!」
ニコライが奥から走り出てきて黒豹に飛びつく。黒豹はなんとかそれを受け止める。
「ニコライ、怪我はないか」
「ありません!黒豹さん、聞いてくださいよ!翠玉さんが助けてくれたんですよ!!」
「翠玉が?」
腰に飛びついたままのニコライごと黒豹は居間まで歩いた。
「ワトソン!今戻った」
「ちょっと黒豹聞いてよ!翠玉さんがさぁ…あのシュリ引き倒して馬乗りになってたんだよ…!」
「はぁ⁉なかなかやるな、あいつ」
黒豹は驚きを隠せなかった。華奢な翠玉が筋肉質なシュリに勝てるとは思っていなかったからだ。
「あれ、翠玉は?」
「ああ…あそこで酔っぱらってる…というかもう潰れてるね、ありゃ」
ワトソンが指し示す方を見ると、翠玉は面をしたまま食卓に突っ伏して寝息を立てている。しかも、まだ右手は飲みかけの酒の入ったグラスを握っている。
「は…?」
「いやだってさ…酒くれって言うんだもん」
黒豹は翠玉の傍らに歩み寄るとその手からグラスを取り上げて中身を飲んだ。
「ワトソォォォォン…酒ェェェ…」
「は…?」
黒豹は信じられない、とでも言うように翠玉を見た。
「まぁまぁ寝言だから…」
ワトソンは宥めるように言う。
「いや、そういう問題じゃなくて。ワトソン、俺にも酒」
「あーはいはい…って僕バーテンダーとかじゃないんですけど⁉」
そう言いつつもワトソンは棚から酒を取り出して黒豹の持っているグラスに注ぐ。
「今日は飲み過ぎたらダメだよ、疲れてるだろうから」
「ハッ、お前は俺の女房かよ」
黒豹は笑いながら酒を一口、口に含む。
「フォーク野郎は?」
「翠玉さんに盛大にメロって鼻血枯れた」
「ったく、女と見りゃ見境ねェな、あいつ」
黒豹は自分の上着を脱ぐと寝こけている翠玉の肩にかけ、面を取る。翠玉の赤くなった顔が現れた。
「あーあー、完全に出来上がってんな。百顔姫サマも酔えば普通の人間と同じってか」
「それで…黒豹の方はどうだった?」
「悪い、死体は逃がした。途中で予期せぬ邪魔が入った。路地で挟み撃ちに遭った」
そこで黒豹はまた酒を口に含む。
「ハァ⁉」
ワトソンが驚いてガタン、と立ち上がる。
「それでどうやってそんな無傷で帰って来たの?」
「それがな…俺を挟み撃ちにしたうちの一人がもう一人を殺したんだよ」
「ハァ⁉」
「ホント、『ハァ⁉』だろ。俺だって言いたかったよ。奴らのボスは俺を殺すな、って言ってるみたいで、殺された方がそれを破りそうになったから殺したんだと。なかなか激しい女だった。で、その女が凄い変わり者で、俺に怖い顔で『貴様の大義は何だ』とか尋ねるんだよ」
「なんか、違う物語になってない…?」
「まァ大丈夫だろ。あと、その女が雪豹の女」
「ハァ⁉」
「俺にそっくりだった」
「そんなことァ聞いてないんだよォォォォッ」
「その女が危ねェ、って話。顔色ひとつ変えずに男ひとり惨殺するような女。無駄な殺しはしないクチだと思うが雪豹が関わると歯止め効かなくなりそうだ。雪豹よりもよっぽど怖いかも」
「つまり、雪豹を狩る立場である僕たちには牙をめっちゃ剥く、と」
「そう。雪豹を狩るには女を消すか、女をこっちに引き込むか」
「うーわ」
ワトソンは黒豹のグラスに酒を注ぐ。
「このことに雪豹が関わっているのはほぼ確定。殺さずとも能力は発動されるな。ただ、殺した方がおそらく能力は強く働く」
黒豹はグラスの中身をあおる。
「あーあ、どうすんの」
「今のままでは戦力が足りない。俺たちだけじゃどうにもならない。でも今は雪豹に構っている場合じゃない。翠玉をなんとかしないと。あいつ死なせたら俺は雲豹に撃ち殺されそうだ」
「でもそんなことしてる間に向こうの戦力は膨れ上がってくよ」
「…役割分担しよう」
「誰と?」
「雲豹も動員するしかねェな」
「え、ちょ、黒豹本気⁉だってあの人、黒豹殺そうとしてるじゃん⁉」
「あるだろ、とっておきのカードが」
黒豹は翠玉の方を見る。
「ああ、そゆこと」
「そう、そゆこと」




