第二十四話 大義とは
袋の鼠ならぬ袋の黒豹―。
第二十四話 大義とは
しまった。前に立ちはだかる人間の肩越しに尾行対象が遠ざかっていくのが見える。死体を追うことに気を取られ路地を挟む建物の上にふたり人間がいることに気が付かなかった。俺も鈍くなったものだ。しかし、もう挟まれてしまった以上、どうこう言っても仕方がない。気配からして後ろに男が一人、前に女が一人。
「なんだ、新手の美人局か?生憎、俺ァ女は足りてる。他を当たれ」
「美人局などではない。貴様、遊んでいるつもりか」
女が言った。雪豹と同じ国境近くの豪雪地帯の訛りだ。しかし、雪豹とは違って一切温かみのない訛りだった。この女からは人殺しの匂いがキツイ香水のようにチクチクと鼻腔を刺す。
「じゃあ、何のつもりだ」
腰のナイフを抜きながら尋ねる。
「それに答える義理はない」
女が答えるか答えないかのうちに後ろから男が斬りかかってきた。
「ったく、行儀のなってない野郎だな」
黒豹は難なく避けながらその男の腹にナイフを突き刺した。男はうめき声を上げて倒れた。しかし女はそれを無表情に見ている。
「いいのか?仲間がやられてんぞ」
「構わぬ。その男が死んでもどうとも思わん。むしろ死んでくれたほうがちょうどいい」
「言われてんぞ、お前可哀想だな」
同情するような黒豹の言葉に倒れた男はもごもごと何かを言う。
「おまえはとっとと帰れ。急所は避けた。今手当てすれば全然問題ない。ちょっと痛いかもしれないが」
「その必要はない」
女は黒豹の傍を通り過ぎると男を軽蔑しきったように見ると男の頭を踏んだ。ブーツのヒールが男の額に刺さって、血が吹き出す。女はそのまま足を動かすと男の首を思い切り折った。骨の折れる音が暗い路地に響き渡った。
「そこまでする必要があるのか。昔、スカートめくられでもしたか」
「こいつは命令に反して貴様を殺そうとした。それは死に値する」
女は琥珀色の冷たく光る瞳を黒豹に向けながら男の額からブーツを抜いた。そのときにグチャ、という不快な音がした。しかし、女はそんなことなど気に留めずに黒豹と向き合う。
「お前はどうだ。俺とこんな長々と話せとは命令されてないだろ」
「しろともするなとも言われていない。命令に反してはいない」
「屁理屈こねやがって。お前は命令云々に関係なく俺に個人的な用事があるんだろう。口説こうったって無駄だぞ。だが、何でも屋に依頼があるなら受けてやらないこともない。さっきみたいな殺しは請け負わないがな」
「口の減らない男だ」
「お褒め頂き嬉しいよ」
黒豹は嫌味っぽく言い返す。
「答えろ。お前の大義とは何だ」
「お前、初対面の男とそんなカタい話したいクチなのか。そういうのは危ないぜ、やめとけ」
黒豹は鼻先で笑った。
「いいから答えろ。私をからかうな」
「大義ねェ、あるように見えるか?」
「貴様には大義があると聞いている」
「誰だ、ソイツ。随分と俺を美化するじゃないか」
「何が言いたい」
「俺に大義はない。あるのは約束だけだ。これで納得か」
「そうか、黒豹」
女は黒豹に背を向けて立ち去ろうとする。
「おい待てよ、俺からもひとつ」
「なんだ、手短にしろ。私は気が短いんだ」
「おいおい、人を散々足止めしておいてそれか。まァいい。お前、好きな男がいるだろ」
「それがどうした」
「その男、やめたほうがいい。その男が誰か俺にはだいたい予想がつくが、たぶんその男、お前を誰かに重ねて愛してるだけだと思う」
「…忠告に感謝する。しかし、私の気持ちは変わらない」
女は上着の裾を翻して去っていった。
あの女はおそらく雪豹の手の者だろう。特にこれといった証拠があるわけではないが、強くそう感じる。女の言動の裏に雪豹を感じる。雪豹もおそらくそれは同じだろう。あの女に俺を重ねている。あの女はどこか俺に似ている。見た目や思想が。あの女はおそらく、自分と同じように決して譲れない何かを持っていて何を差し置いても筋を通そうとするだろう。そのせいできっといつか傷つく。誰かと仲を違える。
「ま、俺には関係ないけどな」
上着のポケットに手を突っ込んで路地を出ながら黒豹は三日月を見上げる。
「大義…大義ねェ。俺のは大義と言えるかどうか怪しいな」




