第十八話 禍来たる?
禍は玄関から―。
第十八話 禍来たる?
「ちょっとニコライ、どうしよう!?めっちゃ守護魔術が弱ってる!」
「ええ、ちょっとまずいですよ、これ」
「なに入ってくるか知れない…!怖ッー!!」
ガチャ。玄関のドアが音を立てる。
「ギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、マジで来た!マジで来たア゛ア゛ア゛ア゛‼」
ニコライ、ワトソンの二人は腰を抜かしてその場に座り込みわなわなと震える。ニコライがワトソンよりも先に回復し、奥に逃げようとする。
「ちょっと、ニコライ!!僕を置いて逃げないでよォォォォッ」
顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているワトソンがニコライの腰に縋り付く。
「ワトソンさん!大人なんだから自分でなんとかしてくださいよ!」
ニコライは真っ青な顔をしてワトソンを引きはがしにかかる。
「大人でもどうにもならないことだってあんの!助けてよォォォォッ」
「大人げないですよ!ここは僕に任せてニコライは逃げて、とか言えないんですか⁉」
「言うとでも思っとんのかァァァァッ!!絶対に言ってなんかやらないからなァァァァッ!!」
今や、玄関のドアは全開である。しかし、ふたりはそこにいるかもしれない禍などそっちのけで醜い争いを繰り広げている。もはやここまで来ると玄関から入ってくる禍が怯えて逃げ出しそうなほどである。
「おい、お前らそこでなんの茶番をやってんだ。そして誰が禍だ」
「…あ。」
玄関先に立つ禍ではなく黒豹の声でふたりはぴたりと止まる。
「黒豹さん、玄関のドアにかけてあった守護魔術が弱ってる、ってワトソンさんが」
<守護魔術>。玄関のドアにかけて禍が入って来ないようにかける魔術。玄関のドアの内側に彫刻を施すことでかける。また、禍は玄関から入って来ると考えられている。
「ああ…ホントだな、守護魔術が弱ってる」
そう言って黒豹は守護魔術として彫られている女の胸の谷間をつっとなぞる。すると彫刻から半透明の、彫刻とよく似た女がドアから剝がれるように現れる。
「ラフィーネ、どうしたんだ?」
ラフィーネと呼ばれた守護魔術はふい、とそっぽを向く。
「ラフィーネ。なァ」
黒豹は諦めずにラフィーネに声をかけ続ける。ラフィーネは形のいい目で黒豹をキッと睨む。その眼光の鋭さにワトソンとニコライは、うひっと息を吞む。しかし、黒豹は表情を崩さない。
「…何よ、あの女ッ!!」
顔を真っ赤にして翠玉の方を指さしながらラフィーネは吠える。
「ああ…。あいつは何でも屋の客だよ。許してやってくれないかな」
「嫌よ」
またラフィーネは顔をそっぽに向ける。
「あいつとは何にもない」
「またそんなこと言って!いつもあなたはこのラフィーネに噓つくんだわっ!私、知ってるんだから!昔、あなたが毎晩、毎晩別の女のところに行ってたんだって!何でもないよ、って別の女の匂いさせて朝帰ってくるんだから!」
「そこまで言われちゃたまらねェな…俺の負けだ。ほら、これで機嫌直せよ」
黒豹はラフィーネのぽってりとした可愛らしい唇に自分の唇を重ねる。それを見たワトソンは咄嗟にニコライの目を自分の手で覆う。ラフィーネは嬉しそうに黒豹に吸い付く。唇を重ねている時間が長くなっていくほど、ラフィーネのくすんでいた姿は濃く瑞々しくなっていくが、黒豹は青白くなっていく。ようやく離れると黒豹はしっとりと濡れた口元を袖で拭う。そのいささか刺激の強い姿にワトソンは目を逸らす。
「ラフィーネ…これで許してくれるか」
掠れた声で黒豹が言う。
「わたしがいちばん…?」
潤んだ目でラフィーネは黒豹を熱っぽく見つめる。
「そうだよ、お前が一番だ」
「…ならいいわ」
ラフィーネはドアに彫ってある彫刻と一体化するようにして消えた。
「子供の前でそういうのやめてくれる?」
ワトソンはニコライの目を覆っていた手を外しながら非難するように黒豹の方を見る。
「ワトソンさん、子供扱いはやめてください!」
ニコライが口を尖らせる。
「ああうん、ごめんね。でもこのバカ豹のはいい見本にはならないから。ニコライ、お湯を沸かしてくれる?みんなでお茶にしよう」
「はい、ワトソンさん」
ニコライがぱたぱたと台所に消えていくのを見届けて、ワトソンは言葉を続けた。
「黒豹、魔人とチューはやめなって。よくないよ」
<魔人>。人の形をした魔術。時に、人間の体力を奪う魔人もいる。ラフィーネはその一例。恋した相手を守り、その相手と恋人のような接触をすることで相手の体力を奪い、自らの力にする「恋の魔人」である。また、嫉妬によって弱りやすい。
「仕方ないだろ」
「そんなことしてたら体が保たないよ」
「さすがに今回のは堪えた…ワトソン、酒を持ってきてくれるか」
黒豹はへなへなと座り込み壁にもたれかかる。
「はいはい」
これ以上言っても無駄だとばかりにワトソンが踵を返したその時だった。
ダンダンダン!
外から乱暴に扉を叩く音がした。黒豹は近くにいた翠玉を守るように彼女の手を引いて自分の後ろに下がらせる。
バターン!
黒豹の後ろからこわごわワトソンがドアの方を伺ったその時、「それ」は現れた。
「こりゃ、厄介だな…」
黒豹が引き攣った笑みを浮かべた。




