⑦ 『栗(くり)拾いとナイショ話』
リュックは私のお気に入りのものではなく、お父さんの物を借りてきた。麦わらぼうしと可愛くない厚めの手袋と長靴。そして、長いトングとカゴ。
いつもならこんな格好はしたくないけれど、これからのことを考えると、これらは必要なのだ。
秋は食べ物が美味しい季節。
これから寒い冬がやってくるのは嫌だけれど、『しっかり冬に備えるんだよ』と山の神様が言ってくれているかのように、山の恵みが豊富なのが本当に嬉しい。
大人のほとんどが、ぶどうを使った飲み物であるワイン作りを頑張っている中、(まぁ、私たちもぶどうを足でつぶす作業は楽しかったんだけれどね)私たち子どもは、学校の行事で、近くの森に栗を拾いに来ていた。
栗! それは秋の楽しみ!
単純に茹でて食べるだけでも美味しいけれど、やっぱりスイーツにするのが最高。
私、今年は栗を使ったケーキにチャレンジするつもりなのだ!
うちのお母さんの作るモンブランケーキは最高に美味しい。お店で出しても、注文がたくさん入りすぎて、あっという間に売り切れになってしまうほどだ。
私も作れるようになりたくて、教えてほしいと何度も言っていたのだけれど、今年、ようやく許可が出たんだよね。
もちろん、アゼルにも食べさせてあげるんだ。
「はい。それでは、これから栗拾いを始めますよ」
優しい校長先生が注意することを説明してくれて、それから仲のいいグループに分かれて栗拾いが始まる。
もちろん私は、ネイとリリーナといっしょだ!
「いっぱい拾おうね、アミィちゃん、ネイちゃん」
「もちろん! お母さんにも期待しておいてって言ってきたから、たくさん拾わないと!」
「うっ、うん。そうだね……」
私はいつものようにリリーナに返事をしたけれど、何故かいつも元気なはずのネイの声に力がない。
「ネイ? もしかして、体の調子が良くないの?」
私が心配して声をかけると、ネイはいつもの調子で、
「そっ、そんなわけないじゃない! ほっ、ほら、栗拾い、栗拾い!」
そう言って歩き始め、栗を探し始める。
私とリリーナはお互いの顔を見て、不思議そうな顔をする。
けれど、体調が悪くないのならば大丈夫だと思い直し、私たちも栗拾いを頑張るのだった。
◇
私たち三人のカゴには、大きな栗がいっぱい入っている。今年の栗拾いの成果はかなりのものだった。
もちろん、私たちが頑張ったのもあるけれど、今年は特に栗の出来がいいみたいだ。
まるで山の神様が私のケーキ作りを応援してくれているようで、私は心の中で深く感謝する。
小さい子が栗のイガが指にささってしまったトラブルはあったけれど、先生たちが直ぐに手当をしてくれたおかげで、その子も栗拾いが嫌いにはならなかったようでよかった。
そして、帰る前にみんなでお弁当を食べる。
普段の私たちは、うわさ話などで盛り上がるんだけれど、今日はネイの元気がない。いや、元気がないと言うか、何かを言いたそうなことを言わないでいる感じだ。
「あの、ネイちゃん。なにか私たちに話したいことがあるの?」
お弁当を運ぶ手を止めて、リリーナがズバッと質問する。でも、それはリリーナが無神経だからじゃあない。ネイの気持ちを理解してくれているからこそだ。
「そうだよ。いつも元気なネイがそんな調子じゃあ、私たちまで元気がなくなっちゃうよ。なにかあるのなら、話してよ。私達は昔からの友達でしょう?」
私もリリーナに加勢して、ネイに尋ねる。すると、ネイもお弁当を食べるのを止めて、私たちの方を向いた。
「……そっ、その。わっ、笑わない?」
ネイが顔を真っ赤にしながら、私たちに小さな声で言ってくる。
その質問に、私とリリーナは、もちろんだよ、と答えた。
すると、ネイは少し深呼吸をしてから話しだした。
「その、アミィやリリーナみたいに、私でもお菓子を作れるかな?」
ネイの質問を聞いただけでは意味が分からなかったけれど、顔を赤くしたままのネイを見て、私は全てを理解した!
今まで、ネイはあまり家でお母さんお手伝いをしていないと言っていた。そして、料理は作るより食べる方がいいとも言っていた。
それなのに、急に料理を、まして難しいとされているお菓子を作ろうという気になったのは、間違いなく気になる相手ができたからだ!
「わっ、笑わないっていったじゃあない!」
ニヨニヨと微笑む私に、ネイが弱々しい声で文句を言う。
「笑ってないよぉ。ねぇ、リリーナ」
「ええ。おめでとう、ネイちゃん。……それで、お菓子を作ってあげたい相手っていうのは誰なのかな?」
「そうそう。私もすごく気になるなぁ~。ほらっ、ここまで言ってしまったのなら、最後まで教えてよ。お菓子作りなら、私たちがいっしょに手伝ってあげるから」
「ううっ……」
ネイは恥ずかしそうにしながらも、教えてくれた。けれど、それは意外な人物で……。
「えっ! まさかだね。びっくり……」
「うん。ネイちゃんはどちらかと言うと、運動が得意な男の子が好きだと思っていたわ」
ネイがお菓子を作って渡したいのは、同じクラスのカリル君というおとなしい男の子だった。
カリル君は運動が苦手で、いつも体育では居残りをさせられている子だ。けれど、勉強はわりと得意で、特に絵を描くのが大好きらしい。
あまり友達も多くはなく、嫌われているわけではないけれど、私たち女の子の、『気になる男の子ランキング』に上がってくることはない男の子だ。
「その、この間、カリルが花の絵を描いているのを見たんだ。そうしたら、ものすごく上手でさ。私、びっくりしたんだよね。それで、その事を言うと、カリルが嬉しそうに笑ったんだ。ただそれだけなのに、その顔が忘れられなくて……。もう一度笑っている顔を見たいなって思ってしまって……」
ネイは話しながらどんどん顔を赤らめていく。このままでは頭から湯気が出るのではと心配になるくらいに。
「うん、うん。分かる、分かるよ! 初めてのときはびっくりするよね。自分がこんなに変わってしまうなんてって不安になったり、もどかしい気持ちになったり……」
私もそうだった。あのとき、アゼルに初めて出会ったときがそうだったのだ。
「そっ、そうなんだ。これって、おかしい事じゃあないんだね」
ネイは、ほっとした顔をする。
「いいなぁ、ネイちゃんもアミィちゃんも……。私も早くそんな男の子に出会いたいなぁ」
リリーナは羨ましそうに言うけれど、そんな事を男の子に聞かれたら大変だ。
男の子たちの彼女にしたい女の子の第一位は、リリーナなのだということは、本人以外はみんなが知っているのだから。
そして、リリーナといっしょに、ネイにさらに詳しく、カリル君の事を聞こうと思ったときだった。
少しはなれたところで、悲鳴が上がったのは!