⑤ 『家庭教師』
「こんばんは。今日もアミィの勉強を見に来ました」
アゼルはそう言って、お母さん(お父さんはキッチンで準備中なのだ)に挨拶をし、出むかえた私に手を引かれるまま、私の部屋に入り、イスに座る。私も同じように向かい合って座る。
「さて、今日の宿題はもう終わらせているのかな?」
「もちろん!」
アゼルは、私の普段の勉強の家庭教師ということになっている。でも、本当はそれだけじゃあない。アゼルが私に主に教えてくれているのは、『魔法』なのだ。
私は早く魔法を勉強したくて、学校の勉強は、宿題はもちろん、予習も終わらせている。
「うん。全問正解だね」
それなのにアゼルは、私の宿題をていねいに確認する。ええぃ、早く魔法の勉強をしようよ!
「あせってはダメだよ、アミィ。毎回言っているよね。ま……」
「魔法に必要なのは集中力。それが乱れると危険だよ、でしょう? 分かっているわよ!」
私はアゼルの言葉を奪う。もう耳にタコができるほど言われているから、しっかり覚えているってば!
「そうかい? それじゃあ、いつもの『瞑想』から始めようか」
「はーい!」
私は目をつぶり、両手の指の先っぽを合わせて、指のツメを天井に向ける。
「それじゃあ、ゆっくりと息を吸って、吐いて……」
私はアゼルの指示のとおりに呼吸をする。
「体の中心、おへその下から両方の手のひらに、同じ量の何かが流れていくのをイメージして……」
私の体に熱が通っていく。そして、手のひらのちょうど真ん中の部分からその熱が抜けていったかと思うと、それが両方の手のひらの間に温かな『球』を作ったのが分かる。
「温かい球をイメージできているよね? じゃあ、その球を右手の手のひらに移動させて、そのまま吸収するんだ」
私は言われたとおり、球が手のひらに移動するイメージをする。すると、本当に温かなカタマリである球が、右手の中に入ってくる感覚がわかる。
「うん、そのままゆっくりと右腕を球が登っていくイメージを持って。ゆっくりだよ、ゆっくり……」
私の右腕の中を球が動いていく。けれど嫌な感じはしない。温かな熱が体を通っていくのがむしろ心地良い。
「その球は、右腕を登り切ったら、右の肩、首の下、そして左肩を通って、今度は左腕から左の手のひらまで球がゆっくり移動していくイメージをして……」
私はこれも言われたとおりにイメージをして、球を移動させる。
「うん。それじゃあ、左の手のひらから球を移動させて、両方の手のひらの間に移動させたら、それから球を半分にするんだ。ここは難しいから、集中だよ」
私は球を両方の手のひらの間に移動させて、それを縦に半分にするイメージを持つ。
すると、目をつぶっているから見えないにも関わらず、球がきれいに半分に分かれたのが感覚で分かった。
「よし。それじゃあ、その二つの球のうち、左手側を少しだけ冷たくするんだ。右手側の半分の熱をちょうど消せるくらいにね」
イメージで左手側を少し冷たくする。すると本当に左の手のひら側が冷たくなる。
「……それじゃあ、手のひらといっしょに、その二つをもう一度合わせるんだ。すると、おたがいの温度で球は消えてしまうからね」
アゼルの言葉通りに手のひらと球を合わせる。すると、本当に何事もなかったように球がなくなった。消えてしまった。
「うん。お見事。もう目を開けていいよ」
アゼルの言葉に、私は目を開ける。
「アゼル! これって、成功だよね! 私、魔法を今、使えたよね?」
「うん。魔法のエネルギーを生み出して、それを移動させて、最後に消してしまう。少し難しく言うと、『具現化』、『制御』、『消滅』という基本ができたことになるよ」
「やったぁ! いつも最後に消すのが難しくて駄目だったけれど、ようやく成功した!」
私は両手を上げて喜ぶ。
「おめでとう。これで魔法の最初の一歩は出来たことになるね」
「えへへ。ありがとう、アゼル。これで次のステップに進めるんだよね?」
私は笑顔でそう尋ねたが、しかしアゼルは首を横にふる。
「それはまだ早いよ。この一連の動きを確実なものに出来るようになるまでは、これを繰り返さないとね」
「えーっ、せっかく成功したのにぃ~。ずぅーと同じことの繰り返しなんてあきちゃうよぉ」
私は成功の喜びに水をさされたようで、頬を膨らませて文句を言う。すると、アゼルは真面目な顔をして「アミィ!」と私の名前を読んで注意してくる。
「……でも、少しくらい新しいことも……」
私はまだ文句を言う。
だって、魔法の勉強と言っても、実技的なことはこれ以外やっていないのだ。もう一年近くも。他の事だってやりたくなるのは仕方がないはずだ。
「……なら、少し新しいことを教えてあげるよ」
「えっ、本当? やったー!」
私は嬉しくて喜んでいたため、気づかなかった。アゼルが少し怖い顔をしていたことに。
「今度は、まず目を開けた状態でさっきの球を両方の手のひらの間につくるところまでやってみて」
「うん!」
私は笑顔で頷いて、そこまでの動作をやってみる。目を開けてやるのは初めてだけれど、問題なくそこまでは出来た。初めて、魔法のカタマリっぽい温かな光の球を見たときは感動さえした。
「次に、右手の手のひらの中心にその球を移動させたら、こっちにその球を見せて」
私はアゼルに光の球が埋まった右の手のひらを向ける。
「そうしたら、その光の球をボクの方に動かしてみて。ゆっくりでいいから」
「うん」
私のイメージ通りに、光の球は手のひらを離れてアゼルの方にふわふわと宙を飛んで向かっていく。けれど、少し球を動かすだけで、私の体から汗がふき出してくるのがわかった。
なんだろう? ものすごく疲れる……。
「アミィ、制御はそこまででいいよ」
私はその言葉に動かすイメージをやめる。あのまま続けていたら気を失っていたかもしれない。それほど疲れた。
アゼルの方を見ると、左手で宙に浮かんだままの光の球をにぎった。その瞬間だった。
パン! という大きな音がなった。そして、アゼルが痛そうに顔をゆがめる。
「えっ……? きゃっ、きゃぁぁぁぁっ!」
アゼルの左手から、赤い液体が、血がこぼれ始めたのを見て、私は思わず悲鳴をあげてしまったのだった。