② 『友達』
結局アゼルは、私の作ったシチューをお代わりして食べていた。
よし! と心のなかで私はガッツポーズをする。でも、そんなはしたない姿を男の子には見せない。だって、私は素敵なレディだから!
その後、モタモタとバイトに行く準備をしているアゼルを叱りながら、私は手早く食器を洗って収納棚にもどす。
最後の後片付けをきちんと終えてこそ、料理は完成するのだ。
……まぁ、お母さんの受け売りだけれども。
「もう! アゼル、私も学校に遅刻するわけにはいけないから、先に行くよ」
「あっ、うん。気をつけてね」
アゼルは何かを探しているらしく、あわただしく自分の部屋でばたばたしているようだったが、私の声に気がつくと、そう言ってくれた。
まぁ、正直、アゼルの方が気をつける必要があると思うけれど。だから、あれほど必要なものは前日から準備をしておくように言っているのに。
本当はいっしょに家を出て、私とアゼルの仲をアピールしておきたいが、学校の始まる時間の方が早いのだから仕方がない。
まぁ、アゼルの良さに気がつくのは私くらいしかいないだろうから、悪い虫なんかは寄り付かないと思うけれど。
私がそんな事を考えながら学校に向かっていると、
「アミィちゃん、おはよう!」
「おはよう、アミィ! 今日のヘアースタイルも決まっているわね!」
元気な女の子二人の声が背中から聞こえてきた。
この声は、リリーナとネイだ。
「おはよう、二人とも」
私は満面の笑顔を二人に向ける。私、友達は多いほうだけれど、この二人とは特に仲がいい。本当に小さなころからの親友だ。
「ふふっ。今日もアゼルさんのところに行ってきたの?」
そう言ってきた、ピンクの髪を背中までのばしたおっとりとした女の子がリリーナ。すごくのんびり屋さんなんだけれど、料理や針仕事が大得意で、私達の学年の、『お嫁さんにしたい女の子ランキング』における私のライバルでもある。
「まったく、相変わらず趣味が悪いわね。あんな冴えない男のところに通い妻を続けているなんて」
そんな憎たらしいことを言ってくる、栗色の髪を肩のあたりで切りそろえた活発そうな女の子が、ネイだ。
その見た目通りに運動が得意なんだけれど、じつは勉強も得意なすごい女の子なのだ。
私とリリーナはテストが近くなると、ネイといっしょに勉強をするのがいつものパターンになっている。
「ふーんだ。お子様なネイには、アゼルの良いところが分からないだけだも~ん」
「なにぃ! だれがお子様だってぇ!」
私とネイはバチバチとにらみ合うが、「まぁまぁ」とリリーナが止めてくれる。だからこそ、こんなケンカのまねごとをするのも楽しいのだ。
「そう言えば、うちのお父さんが言っていたんだけどさ……」
他愛のない会話をしながら学校に向かっていると、ネイは急に声を少し落としてから話し始める。
「えっ、何よ?」
「なんなのかな?」
その行動に、私とリリーナは、これは重要な事だと気が付き、小声で続きを待つ。
女の子にとって、『情報収集』は欠かせないのです。
私達は少しだけいつもよりも体を近づけて歩く。重要な情報は秘密にしないといけないのだ。
「うん。お父さんがね、最近、森の動物が減っているって、とっても困った顔でお母さんに話していたのよ」
「カルニスさんが?」
私の問いに、ネイはうなずく。
ネイのお父さんであるカルニスさんは、弓を使うのがとっても上手で、この村でも腕が良いと評判の狩人さんだ。
いつも、新鮮なお肉……じゃない、動物を仕留めては、我が家である料理店、<歌う子鹿>に売ってくれている大切な人なのです。
「でも、森の動物は捕る頭数を決めているんだよね? なのに、そんなに減っているの?」
リリーナの言うことはもっともだ。
私達の住むライムス村は、一番近い街へも、馬車で移動しないとその日には帰ってこられないくらいだから、基本的に『自給自足』なのだ。
だから、動物はもちろん、木の実などの森の恵みは、この村のみんなの大切な財産で、好き勝手に採ることはできない決まりになっている。
だって、そうしないとみんなが困ることになってしまうから。
「うん。それがね、密猟者がいるんじゃあないかってことなのよ」
密猟者というのは、村の財産である森の恵みを、他所からやってきてこっそり盗んでいく悪い人達の事のはずだ。でも……。
「密猟者? わざわざ、こんな田舎まで?」
私の素直な感想に、ネイは「そうなのよね」と困ったような顔をする。
「確かに、この村の森の恵みは豊富だけれど、他の森と比べてすごく良いというわけではないと私も思うわ。お父さん達も同じことを言っていたしね」
「そうだよね。私もそう思うなぁ」
ネイとリリーナも同じ考えのようだ。
わざわざこんな所にやってこないでも、どこの森だってそれなりに動物はいる。それなら、自分たちの住むところの近くの森で動物をとればいいと思う。その方が、よっぽど楽だし、こそこそしなくてもいいはずだ。
それなのに、どうして?
うちの村で管理している森に、特別珍しいものがあるなんて話は、この情報通のアミィさんも知らない話だ。
「だから、不思議なんだよね。密猟者じゃあないとしたら、何が原因なんだろう?」
ネイはそう独り言のように呟く。
「でも、これって大変なことだよね? このままどんどん動物が減っていってしまったら、みんなが困ってしまうわ。特に、カルニスさん達みたいな、狩人さんや、アミィちゃんの家のようなお料理屋さんは……」
リリーナの言葉に、今さらながら、私はこの事が大問題だと理解する。
冗談じゃあない!
我が家は、<歌う子鹿>は、この私が継ぐ! そしてアゼルといっしょに経営をして、多くの人がやってくる有名店になる予定なのだ! それを邪魔されてなるものか!
「よし! 私もお父さん達に相談してみるわ!」
私はグッと力いっぱい手をにぎって言う。
「うん、そうだね。私も家に帰ったら相談するね」
リリーナは可愛く両手を軽くにぎって言う。
……くっ、ダメだ。私もこの可憐さを見習わないと!
「ありがとう、二人とも。でも、私が言っていたのはないしょにしてね」
ネイの言葉に、私とリリーナは笑顔で、「もちろん」と応えるのだった。