トニカは変な女である4
白い門には王紋によく似た花の紋がある。これは母が正妃になった暁に国王が母の生家に授けた紋だった。檸檬の花と王紋である木蓮の花を組み合わせたものだ。そして、いつものように門の中に入ると、そこで馬車が完全に止められる。
私はいつものように警護の者が降りた後に続き、馬車を降り、警護に挟まれるような形でトニカが降りようとする。
だから、馬車からひとりで降りようとするトニカの手を慌てて取り、馬車から降ろした。本当にマナーを学んでいるのだろうか。甚だ疑問である。
そして、考えた。
トニカはとにかく変な女なのだ。
この国の歴史書に興味を持っているようだし、それを彼女の侍女とコルドバを介して、借りに来るのだ。そして、最近借りていった本が風土についての分厚い本だった。もしかしたら、本を取り寄せた方が良かったのかもしれない。
そして、ふと自分のペースで歩いていることに気付いた。トニカの衣装は歩きやすいものではない。今回ばかりは馬車で通り抜けるべきだったのだろうか。
僅かに振り返ると、挙動不審なトニカがいた。飛び去った鳥を視線で追いかけていたり、木々を眺めていたり、木漏れ日に視線を落としていたりする。真っ直ぐ前を見て歩けないのだろうか。トニカの足元はいつもより不安定なのだ。いつもより高さのある白いヒールでは、転んでしまいそうだ。
「疲れはないか?」
だから、そのトニカの挙動不審を見なかったように、前を見て心配の言葉をトニカに掛けた。
「お気になさらないでください。私は大丈夫ですので。殿下こそお疲れではありませんか?」
それなのに、なぜか逆に心配される。
「私は歩くことが好きだ」
「私も、楽しく歩かせていただいています」
そうか、楽しく歩いていたのか。そうだな、トニカは変わった女だからな。
そう思うと何だか胸を撫で下ろしたくなった。
屋敷前にはリマがいて、深々とお辞儀をしていた。
このお辞儀は構わないのだ。家紋を持つくせに、爵位は返上している彼女の場合、敬意を払うべきものへ対するお辞儀なのだから。ただ、彼女の場合、本当に敬意を払っているのかどうか分からない。
王位継承すらないだろう私に敬意を払ってくれとも思わないけれど、婚約者として同列であるはずのトニカがそれに合わせて自己紹介し、お辞儀するのは、少し違う気がする。
そして、ずっと変なトニカが一段と変になったのは、イブリンの首輪を選んで欲しいことを伝え、トニカにも何か好きなものを選んで欲しい旨を伝えた時だった。
「私も?首輪を?」
何を言っているのか全く分からなかった。なぜ、人間が首輪を選ばなければならないのか。自分の言葉を振り返り、足りていなかったかもしれない言葉を付け足す。
「何を言っておる。トニカには世話になっている。だから、町にあったものでも、ここにある他のものでもなんでも好きなものをやるということだ。感謝しているのだ。馬車の中から外は見ておっただろう?」
何が足りずに、そんなことになったのか分からないが、トニカは変な女なのだ。だから、とにかく言葉を付け足さなければ、通じないのかもしれない。
「どうして父上がその髪飾りをトニカにやったのか分からないが、それは私の母のものだ。そんなもので縛られてしまうのは嬉しくないだろう? 私はトニカも自由で良いと思っている」
それなのに、トニカはずっと呆然としたままだった。
何がいけなかったのだろう。視線の先にいるトニカが全く動かない。いつもなら、すぐに反論でも意見でも、なんでもしてきそうなものなのに。
もしかしたら、その髪飾りの意味を今『束縛』と捉えたのだろうか? ショックで動けないのだろうか。
だったら、……
そう思い、口を開こうとすると、リマが先に話し出した。
「トニカ様の髪飾りはこちらに用意しておりますよ」
そう、別のものを選んでくれればいいだけなのだ。それなのに、トニカの瞳がイブリンが驚いたときのように丸くなっている。そして、トニカが口を開いた。
「あ、あの、殿下。失礼を承知で申してもよろしいでしょうか」
やっとトニカが動き出した。少しだけほっとした。
「構わない。トニカはいつも失礼だからな」
トニカが真っ直ぐ見つめてくる。何なのだろう。息が詰まるし、鼓動が早い。逃げたいが、向かい合うリマの視線の威圧が怖くて、動けなかった。
「もし、たとえば、殿下がお嫌でなければ、このままこの髪飾りを、私が、使ってもよろしいでしょうか」
何なのだろう。
「トニカは、フィン殿下のことをもっと知りたいと存じます」
トニカが、何か変なことを言っている。リマの声が聞こえた。だけど、言葉が耳に残らない。どういうことなのだろう。
なぜ、トニカは私のことを知りたいなどと宣うのだろう。言葉が浮かばない。
「殿下、私に殿下の時間をください」
「へ?」
リマが笑い、「殿下、お返事を」と促した。
今、私達は檸檬の木の下にいる。私が生まれた日に植樹されたその檸檬の木の下には、母が愛用していたテーブルと椅子が、木陰に守られて置かれている。トニカの視線はイブリンにある。
「イブリン嬢は、今日も幸せそうですね」
膝の上にあるイブリンはトニカが選んだ桃色の首輪に紋章入りの金色の鈴を付けて、ぐっすり眠っている。
「お茶をお持ちしました」
ナターシャが二人分の紅いお茶を注ぎ終わると、その水面が揺れた。そして、どんな言葉を掛ければいいのか分からず、そのままその水面に言葉を落とした。
「イブリン……トニカは、変わった女だ」
ただ、こんな時間も悪くないのかもしれない。
そんな風に思えた。
「檸檬の花が開く時」【了】
あと数話「おまけ」の章を入れて完結します。
お時間があればお付き合いいただけると、ありがたいです。