表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『殿下』と『私』のその後の話  作者: 瑞月風花
檸檬の花が開く時
4/11

トニカは変な女である1(フィン殿下視点)

トニカと同じ時間をフィン視点で書いています。


 扉が叩かれる。そして、続く声。トニカがイブリンの昼餉を持ってきたのだ。イブリンが目を輝かせながら、しっぽを立てて扉に近づこうとするので、慌ててそれを阻止する。

 扉が開いた時に出て行かれては大変だ。イブリンは何かにつけて自由だから。


「分かった」

抱き上げたイブリンをお気に入りのテーブルの上に置いて、扉を開く。イブリンもそこで待っていれば、食事が運ばれることを知っているので、じっと扉を見つめたまま待つようになる。イブリンはそういうところが賢い。


 トニカが私に関わる唯一の時は、イブリンの食事の時だけだ。そして、本棚を眺めながら、持ってきた食事をイブリンの前におくと、少しだけトニカの表情が和らぎ、優しくその頭や首筋を撫でる。

 イブリンも嬉しそうに喉を鳴らし、感謝の意を示しているようだ。

 トニカは必要以上に何も話さず、そのまま帰る。扉の前ではいつも深くお辞儀をして「失礼しました」と言う。

 侍女でもないのだから、そんなに畏まらなくても良いと思う。


 トニカが帰った後、一瞬ざわめいた部屋はいつも通り静かになり、イブリンの咀嚼音だけが響くようになった。そんなイブリンの背中を撫でながら、疑問を口にする。

「イブリン、あの女は、いったい、どうしてまだここにいるのだろうか?」


 ここに留まる理由としては知っているつもりだ。父上がこの婚約にあたり、トニカの父親の爵位を二つもあげたこともその一つだろう。

 ただ、破談になったとしても、余程の不始末でもしでかさない限り、基本上げた爵位を下げるような父上ではない。そもそも、父上は爵位などあまり気にも留めていないのだ。

 だから、あの女との婚約などというよく分からない状態になったのだ。


 トニカは紅花産業をその生業としている小さな領地にある領主の長女だ。伯母と付き合いのある貴族のひとりが、トニカの父と遠い親戚で、その親戚が紅花に興味を持っていた父と話したことから繋がった縁。彼女との繋がりは、もう「縁」としか表現できない。

 だから、四年も王族としてのマナーを学んでおきながら、未だに侍女のようにお辞儀をする癖が抜けない。爵位の低い貴族がさらに高貴な者へ対するマナーは知っているが、ここで言えば王族としての振る舞いを満足に知らないのだ。


 確かに、トニカの実家くらいなら民衆に対する態度として、偉そうにしていれば、それで良かったのだろうし、トニカが偉そうにしている姿も想像できない。


「父上も何を考えておるのか、全く分からない」

トニカについても分からないが、父についても全く分からなかった。

どうして、トニカに母の形見を渡したのだろう。それを今さらどうとかは思わないが、十三歳の頃、彼女に初めて会った時には、何でお前が母上の髪飾りを付けているのだ、と怒りを覚えたのは確かだった。


 だが、どうもその髪飾りも父上が彼女に婚約の記念にと渡したものだと知り、よく分からなくなったのだ。

 彼女自身も知らないのだろう。

 ただ、それも彼女をここに縛る理由としては存在するのかもしれない、とは思える。


 国王からもらった檸檬の花を模した髪飾り。トニカは意外と洞察力があるのだろうし、無意識にそれを感じ取っているのかもしれない。


 トニカ・アラバスが父上のお眼鏡に適った理由として、彼女の背景が語られた。彼女の行いはすべて、誰もが気付かないような些細なことから成り立っていたのだ。


 彼女の母はそれを畏れ、彼女の父はそれに恐怖し、彼女の兄はそれに対抗心を燃やした。妹達はあまり気にもしていなかったらしいが、少なくとも家族からは邪魔者扱いされていたと推察される。

 それも、ここにあろうとする一つ。

 そう思うようにもなった。


「イブリン、……どうした?」

食事を終えたイブリンが足に纏わり付き、「お外に行きたいの」と言い出す。

「お前は本当に自由だな……」


弟と妹がイブリンを追いかけた時は、ぞっとしたが、その爪もトニカが切ってくれるようになった。流血しないひっかき傷くらいなら、とやかく言われないだろう。そして、イブリンもトニカに懐いており、彼女の膝がお気に入りの一つになっている。昼餉の後は外でお昼寝がイブリンのルーティンなのだ。

 

 窓を覗くと、トニカが侍女と何か話をしているようだった。何を話しているのかは分からないが、トニカはあの檸檬の木の下が好きなようだ。

「あの女がいれば大丈夫か」

そう思い、扉を開くと、イブリンが立てたしっぽを優雅に揺らし、ご機嫌に廊下を歩いて行った。

 もしイブリンが城外へ出てしまうことがあったなら……。

 今はそれが気になるのだ。


 小さい頃は、私にだけべったりだったのに。大きくなるにつれ、イブリンの行動範囲が広がっていった。

 度胸が出てきたというか、世間を信頼し過ぎているというか……。以前は廊下の角に立つ門番にすら近寄らなかったのに、今では平気の平左でその横を通り抜ける。

 ただ、人間と違いイブリンは単純で、お気に入りが目に入れば確実にそこへ足を伸ばす。

 彼女が檸檬の木の下にいる時なら、必ずそこへ行き、お昼寝をするはずだ。


 さらに、トニカは、イブリンのお気に入りでもあるが、父上のお気に入りでもある。

 その理由として、彼女が努力を惜しまないことを上げていた。


「確かに、あのイブリンの爪を綺麗に切るようになったものな」

 初めは傷だらけの手をしていた彼女だったが、今では全く傷は見当たらないし、イブリンが怒って逃げるということもないのは、頼んだ身としても信じがたいことだ。


 そして、父上はさらにこう言った。

「あの娘はお前に似ていると思うぞ」

しかし、それは間違っていると思っている。


 自身は人と関わりたくなくて自ら部屋に籠もることが多いが、トニカの場合、彼女をこの城内に縛っているのは、誰でもなく父上であり、自分の婚約者という縛りがあるからであり、彼女の背景がそうさせているからであるのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] むむっ! 聡明さの片鱗を見せるフィン殿下に驚き。 だが、まだ若い。(何か偉そうに語るのは年寄りの証拠だと落ち込む絢爛) 縁は目に見えるものばかりではなく、未来へと連鎖して徐々に形を変化させ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ