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神は選択を弄ぶ  作者: 胡蝶花 旭
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03_花人(Ⅱ)

「サクラ」


テオの呼びかけに彼女は顔を綻ばせた。


あの日、彼女は自分には名前が無いのだと言った。

自分は失敗作で、名前を付ける必要性がなかったのだと。


無表情に語られた失敗作という意味を無理に問うことはしなかったが、代わりに名前を決めても良いかと、テオは提案した。


異国で見かけた美しい薄紅の花をつける樹木。

テオは彼女を一目見た時から、あの木の花に似ていると思っていた。

だから、彼女にその花の名前の『サクラ』を贈った。


サクラはこの研究施設で生まれてからずっとここに住んでいるが、外から自分の元に訪ねてきた人は初めてらしい。

「侵入者だと通報する?」と、おどけた僕に、彼女は首を横に振った。


「外の話を聞きたい。ここから出られないから」


サクラのいる透明な部屋は、極めて特殊な造りをしている。

テオは以前、別の国でこの部屋を見たことがあったため、すぐに分かった。


これはどんな衝撃にも耐えるように作られた囚人用の部屋。

中に閉じ込められた生き物は、簡単に外には出れない。


サクラがあの祭りの時に踊っていたのは、定期的に行われる体力テストの最中に、祭りの催しとして使えると判断されたからだという。

つまり、あの日がサクラにとっての、初めての外で、初めて見る光景だったのだ。


沢山の笑顔と拍手と風の匂い。

あの日を口にするだけで雰囲気が途端に和らぐのだから、サクラにとって、それはとても大切な思い出になったのだろう。



そして僕は今日も又、サクラの元で外の話をする。


「その時に訪れた国は、水没した国だった」

「すいぼつ?」


サクラはあまり言葉を知らない。

失敗作だという彼女に勉学を教える人はいないのだそうだ。


けれど、テオが言葉や知識を教えれば、サクラはそれをするすると吸収していった。

萎んだ花が水を吸うように、サクラは目に見えて快活になっていき、最初の頃の無表情とは比べ物にならない程、表情が豊かになった。

今もきらきらと瞳を輝かせて、話の続きを待っている。


「水没っていうのは、水に沈んだ場所をさす言葉だよ。

 その国はね、ずっと前に、自然現象で水に沈んだんだ。

 水の中には建物がそのまま残っていて、その中を魚が泳いでいるのが見えたよ」

「国が水の中なら、陸の生き物は住めない」

「うん。でも、その周りに、船を主とした国が出来ていてね」

「船……水に浮く構造物?」

「そう。でも、あそこのは建物自体が水に浮くように設計されているみたいだった」


またいつ水害に襲われても船の上で生活できるようにと、彼らは生活様式を変えた。

生き物というのは往々にして順応性が高いものだ。


「水没した幻想的な都市を大々的に観光地として宣伝して、遊覧船を出したりと結構賑わっていたよ」

「賑わう……祭りの時みたいに?」

「そうそう。あんな感じ」

「良いな」


また、表情が和らいだ。


水没した国の話を続けながら、テオは周りの様子を確認する。

別の部屋にいる赤い髪の人達は、テオがここに来る時はいつも眠っている。

サクラだけが起きていて、夜の間は誰も起きることも、職員が来ることもない。


テオの予想が正しければ、この部屋は『花人』達の部屋だ。

眠っている人々の瞳を確認できていないが、赤い髪はこの国では珍しい。

何より、赤い花弁が彼らの周りにいつも落ちている。

気になって少し調べてみたが、花人は日が落ちると眠ってしまうという特性があるらしい。

ここまでの結果が合致するのなら、十中八九といったところだろう。


そしてテオの予想が正しければ、おそらく、サクラもまた、『花人』だ。

時折サクラの周りに散る薄紅色の花弁、赤い瞳。髪の色は薄紅で、夜は起きているから、他の部屋の人達とは何かしら違うのだろうが、この空間にわざわざ置かれているのが何よりの証拠。

亜種、派生種、そう言われる類の花人。

この研究所の中では、失敗作と呼ばれるものなのだろう。


不意に、テオはあの日あった白い髪の人を思いだした。


……彼はどうしてここのことを知っていたのだろう?

花人は表向きは絶滅種となっている。中に入る権限がなければ、通常は知りえないことだ。

彼はこの国の重鎮?

いや、あんな若くてそれはないか。


考えを払うように緩く首を振ると、サクラはじっとテオの顔を見て首を傾げた。

どうしたの、と言いたげだ。


「……サクラは、白い髪の人を知ってる?

 瞳が金にも銀にも見える不思議な人で、ここにサクラがいるって教えてくれた人なんだけど……」


僕の言葉を少し考えたサクラは、首を横に振った。


面識が無いのに、サクラを知っていた。

今のところ何の害もないが、少し調べる必要があるかもしれない。


「朝が来るよ」

唐突に告げられたサクラの一言に、もうそんな時間かとテオは眉尻を下げる。

本当に夜が早い。


「また明日来るね」

そう告げながら立ち上がれば、サクラは穏やかな笑顔で一つ頷いた。



***



あの日会った白い髪の人は一体何者なのか。


酒場に屯する男達に聞いても、噂好きの宿屋の女将に聞いても、新聞記者に聞いても、誰も彼のことを知らなかった。


やはりこの国の中心に近い人物なのだろうか。

……それとも妖精の類か?


テオは街を歩きながら考えを巡らせる。


妖精には以前一度会ったことはあるが、あれらは楽しいこと優先ですぐに人を騙す。

大事そうに振舞っておいて、簡単に手の平を返すのだから油断ならない。

妖精ならば、サクラのことを……あの施設のことを知っていてもおかしくはない。

気まぐれに手を貸した可能性がある。


もしくは、魔女。

魔女は超常的な力を持つ種族だ。

心理を見透かし、姿形も自由自在に変え、どこにでも現れる。

人間に対して友好的な魔女は、場合によっては人間に手を貸すことがあることも広く知られている。

自分と会ったのは男の姿をしていたが、最初に人と交流を図った魔女達が全員女性の姿をしていたために、そう名付けられただけで、“魔女”には男もいる。

あの白い髪の人が魔女であるのなら、あの日唐突に現れたのも、消えたのも、サクラのことを知っていたのも、そして町の人が誰も知らないのも納得がいく。


考えれば考える程、あの人が常人とは考えづらい。

常人でないならば、只人である僕の調査は手詰まりだ。


ふと空を見上げれば、色とりどりに広がる星々がテオを見下ろしていた。

もう夜も更けた。


いつも通り、テオは研究所の外壁を乗り越え、窓から建物内へ入り、職員や監視カメラに見つからない様に進んでいく。


不意に話し声が聞こえ、テオは咄嗟に物置に身を滑り込ませる。

この時間にこの場所を通る職員がいるのは初めてだ。何かあったのだろうか。

耳を澄ませれば、二人分の声が聞こえてきた。


「あの件、決まっちまったな」

「まぁ正直、使い道もないからな……」

「あれだけ仲間がいるのに、誰も見向きもしないんだから薄情なもんだよな」

「情も何もないんだろう。不必要だと判断すれば切り捨てる。とても植物らしいじゃないか」

「植物ねぇ……」

「なんだ、不満か?」

「いやいや、まさか。……ただ、人の姿をしているからさ。やりづらいよなって」

「それでも、分類的には植物だろ?あれは失敗作とはいえ、花人なんだから」


「来週には処分か。祭りでの踊り、綺麗だったのにな」


通り過ぎた苦笑交じりの会話に息が止まった。

話の内容はどう見積もってもサクラを指している。


サクラが、処分される?


止まった息を短く吐き、改めて深く息を吸って酸素を脳に回す。

ふつふつと、心の底から怒りが湧いてくる。


なんで、サクラが処分されなくてはいけない?

髪の色が違う、舞う花弁が違う、能力が違う、ただ少し他と違うだけで、いらないと判断されるなんて……。

外が好きで、踊りが好きで、見知らぬ国に思いを馳せることが出来るサクラは、ちゃんと心を持っている。

植物だからなんだというのだ。

サクラはサクラという一人の個体だ。


切り捨てるなんてふざけてる。



もやもやと考えながらも、サクラの元に辿り着けば、サクラはいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれた。

サクラはまだ、処分されることを知らないのだろうか。

心臓がきゅっと締め付けられた気がした。


僕はきっと今、とても情けない顔をしているのだろう。


不思議そうに首を傾げたサクラが、透明の扉に手を付いてテオを見上げた。


「怖いことでもあった?」


……うん、怖い。

君を失うかもしれない。

それはとても怖いことだ。


開きかけた口を閉じて、言葉にしないまま一つ頷いた。

サクラは穏やかに笑った。


「……大丈夫。ここには怖いものはないから。

 この部屋は休息の場所だから」


だから、大丈夫。

そう穏やかに微笑んだサクラから、薄紅色の花弁が数枚舞った。



この笑顔を守るために、僕は何ができるのだろう。

ただの旅人の僕にはサクラを引き取れるほどの金もなく、権力も何もない。

かといって、サクラのいる部屋を解体できるほどの知識もない。

今の僕には何もできない。


……それでも。


「あきらめない」


思わず口にした声に、サクラは首を傾げた。

何も知らない無垢な瞳がテオを見上げている。


「ありがとう、サクラ」


絶対に救い出す。

何があっても、何をしても。


「今日は帰るね。必ず、また来るから」


テオが笑顔を見せると、サクラは少し残念そうにしながらも頷いてくれた。


踵を返したテオは、ひっそりと執務室へ向かった。

執務室にはまだ電気がついており、中には人の気配。


時間的にはそろそろ帰るはずだ、身を隠して待つしかない。

盗賊をやっていた頃もこんなことは日常茶飯事だった。数時間位なら、待てる。


虫の鳴き声、微かな風の音、周りの気配に紛れながら、物陰からじっとその部屋を見つめていた。

深夜、ようやく執務室から人がいなくなったのを確認すると、テオは執務室の資料を漁った。


まずはサクラの処分の日を確認する。

あの牢から出す方法も。

そして、サクラの研究記録も。


「……」


テオはその日、その全てを見つけることが出来た。


処分の日は5日後。

牢は、登録されている者の指紋をかざせば開く。


そして、サクラの研究記録も、簡単に見つけることが出来た。

通常の植物と同じで食事は不要。

日光と水があれば問題ないらしい。

5年前に生を受けたが、花人としての因子が低いため、劣性遺伝子を引いた個体と判断された。


その資料の全てを頭に叩き込み、テオはそっと部屋を後にした。




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