02_親友を捜す少年(Ⅴ)
神の居住をペリドットは鼻歌を歌いながら歩いていた。
空は明るく、雲は少しあるものの晴れやかな晴天であった。
テラスに視線を向ければ、椅子に腰かけた一人分の白髪が見え、ペリドットは笑みを浮かべ、ゆったりとそこへ近寄った。
近くの木々は緑と黄色の花があちこちで咲き、風に吹かれてはその花弁をはらはらと舞わせていた。
白髪の彼は少年とも青年とも取れる容姿をしていた。
金にも銀にも見える瞳、そして、枝の様な角が額から伸びていた。
「こんにちは。神様」
「こんにちは。久しぶりだね、ペリドット」
声をかければ簡単に微笑みを返した神は、ペリドットに隣の席を勧めた。
勧められるままにペリドットが隣に座ると、神はじっとペリドットを見つめた。
萌黄色の宝石の様な煌めきを放つ瞳を一頻り愛おしそうに眺め、口を開く。
「随分ご機嫌じゃないか。どうしたんだい?」
神にとって、記憶や心を覗くのは容易いことだ。
けれどそれでは面白くない。
だから、神は言葉を求めた。
「私、眷属を作りました」
「ほう?」
以前会った時は絶対に眷属は作らないと豪語していた。
気に入る魂がこの世にはいないから、と。
それが一体どんな心境の変化かと、神は好奇心に満ちた瞳でペリドットを見つめた。
「私、黒が好きなんです。黒曜石の様な黒が」
「あぁ、そうだったね」
以前、確かにそう言っていた。
自分の髪色に似たルビーでも、瞳の色に似たペリドットでも無く、黒曜石が好きなのだと。
その色に目を奪われたのだと。
そのためか、彼女はいつも黒を着ていた。
さて、それがどう関わるのか。
そう楽し気にペリドットを見つめれば、彼女は子供の様な笑顔を浮かべ、パッと席を立った。
そっと魔力を身体に纏わせた後、目の前にそれを注ぐ。
「私の元へおいで」
ペリドットがそう告げると同時に、そこに少年が現れた。
少年ブラントはペリドットと微笑み合うと、神へと振り向き、深く一礼した。
その魂は確かに黒曜石の様に真っ黒だった。
生き物にしては珍しい色の魂。
そして神は、おや、と瞳を見開いた。
神はブラントを知っていた。
つい最近、会ったばかりの子供。
「そうか。魔女に会えたのだね」
そう告げた神に、ブラントは深く微笑みを返した。
*
ブラントは泉に沈んで死んだ。
死んで、目覚めた時、泉のすぐ傍で自分が魂だけの存在になったことを知った。
どこかに行かねばならない気もしたが、それよりもアネモネのことが気になった。
目の前で死んだのだ。
どう感じているのか、今はどうしているのか、気になって、町へ行った。
そして、町に下りてすぐに分かった。
アネモネは自分自身を僕だと思い込んでいる。
どうにかして、思い出させなければ。
アネモネがアネモネであることを分からせなければ。
その気持ちばかりが強く募った。
気が付けばブラントはアネモネに憑りついていた。
そのまま数日が経ち、一週間が経ち、数週間が経ち……。
それでも、魂だけの存在となったブラントのことを誰も認知してはくれなかった。
父も母も、近所に住む人達も、旅人も、誰もブラントがそこに居ることを分かりはしなかった。
誰かに触れることもできず、声も届かず、歯がゆい思いをしていたそんな頃、神の居住が町の上空に現れた。
その姿を見た時は、本当に胸が高鳴った。
アネモネが神の居住を訪れた時、ブラントもまたそこにいた。
アネモネの背後から神を見つめていた。
誰も認知しなかったブラントの姿を神はしっかりと見つめ返し、そして、祈りを尋ねた。
アネモネは神との謁見は個人で行われたと思っていたが、実際は違う。
神は謁見者の五感を操作し、互いを見えないようにさせていた。
謁見室に入れた数十人が一斉に話したとしても、神は全てを聞き入れ、全てに選択を提示する。
ブラントの言葉もまた、その中の一つとして神は選択を提示した。
“一つは泉、一つは魔女”
アネモネと共に聞かされた、同じ選択。
そして、アネモネと共に魔女の元へ行ったことにより、アネモネは自身がアネモネであることを思い出したのだ。
*
「神様。ありがとうございました。無事に全てが終わりました」
ブラントは神に満面の笑みを向けた。
「そうか。おめでとう」
あの日、ブラントは神に願った。
“アネモネにアネモネ自身を取り戻して欲しい”と。
そして、もう一つ。
“アネモネが僕を泉に沈めた。アネモネが僕を殺した。
絶対に思い出させる。
絶対に逃がさない。
一生、その罪を感じて生きさせる。
アネモネにそう突き付ける方法が知りたい”
町の人達は誰も知らない。
アネモネがブラントを殺したことを。
殺した理由が水の中で藻掻く様が見たかった、それだけだったことを。
好奇心でブラントを殺した後にアネモネは気が付いた。
このまま本当のことを言えば、自分は町のみんなに責められる。
それが怖くて、嘘をついた。
"ブラントは足を滑らせて泉で溺れて死んだ"のだと。
そして、自分が犯した殺人を忘れるために、アネモネは更に自分自身に嘘を吐く。
"自分は、親友の死に心を痛めて、ブラントが生きていることを信じた哀れな子供"
その嘘によってアネモネは自分自身を忘れ、自身がブラントであると思い込んでしまった。
町の人達は誰しもがアネモネに憐みの視線を向けた。
あんなに仲が良かったのだ。
受け入れられずに狂ってしまったのだと。
けれど、これからは。
ブラントはとろけるような笑顔を浮かべた。
「アネモネは自分の罪にずっと苛まれるでしょう。
ペリドットと契約して、忘れることが出来ないように頭を弄ってもらいましたから」
契約の報酬は、ペリドットの眷属となること。
眷属になったブラントは、消滅するまでペリドットの傍にいることになる。
酷く満たされた微笑みを浮かべるブラントの頬に軽くキスを落としたペリドットは、神に視線を向けた。
「私からもお礼を。
神様のおかげで、こんなに美しく可愛らしい眷属を迎えることが出来ましたから」
ペリドットとブラントはとても幸せそうに下界へと戻っていった。
一人になった神は、そっと瞳を閉じて笑みを溢す。
人にとっての狂気の選択は、人によっては幸福の一歩だ。
「生き物の選択はやはり面白いね」
親友を捜す少年はこれで完結となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
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