06_怪物と恋をした人魚(Ⅰ)
私が眠る場所は、世界で一番美しい場所が良い。
眠りにつくその時、迷いなく目を閉じられる場所が良い。
大切な思い出に浸りながら最期を迎えられたら、どんなに幸せだろう。
そう願いながら、旅をして、そして……
私はここが、一番美しいと知った。
***
今、神の居住は空を飛んでいる。
雲の上を飛んでいるために強い日の光に晒されながらも、揺るがずにゆったりと。
庭に遊びに来ていた渡り鳥達と戯れていた神は、居住に入ってきた気配に微かに目を見開いた。
その気配は居住の入口となるゲートを使わずに、居住を覆う結界を通り抜けてきた。
ゲートを使わずに直に入れる相手は限られている。
余程の力を持つ者か、神が許した者か。
今回は後者の様で、神は穏やかに微笑むと、鳥達に別れを告げて感知した方向へ歩き出した。
珍しい客だ。
ここ五年程会っていなかったが、何かあったのだろうか。
神は逸る気持ちを抑えることなど出来ず、廊下を走り出した。
途中で側仕えのヒューゴから叱責を向けられたが、それも適当に流して、目的の場所まで一気に飛び込んだ。
それは神の居住の中の一室。
神の子供、神子へ与えた一室へ。
「ノルエット!」
開けた扉の先にいたエルフに、神は大きく手を広げて抱きついた。
神とそう変わらない身長のエルフは、突然のことに踏ん張ることも出来ずに床に押し倒された。
衝撃で頭を打ったらしく、痛みに唸るノルエットは、そのグレーの瞳で神を睨みつける。
「痛ったいんじゃが?!いい歳した神が何しとるんじゃ!!」
お返しとばかりに神の頭を素手で殴って自分の上から乱雑に退かすと、ノルエットは近くに転がっていた杖を手に取り、立ち上がった。
紺のローブを手で軽くはたき、乱れた金の長髪を撫でて直すと改めて神を見やった。
「久しいな、父よ。
息災そうで何よりじゃ」
いや、少し元気すぎる気もしたが……と口ごもったノルエットの見た目の種族はエルフに近い。
しかしその実、エルフよりも遥かに長命で、魔術も体術もこの世界の生き物の比では無い程に強大だ。
ただし、本人は争いを好まず、ここ百年程は南の国の学園で魔術の研究に没頭しているため、その力を発揮することはまずないが。
神は金にも銀にも見えるその瞳に淡い光を揺らしてノルエットを見つめた後、一つ瞬きをしてノルエットに近づいた。
真正面に立つと、二人の身長はそう変わらない。
神はノルエットの頭に手を乗せ、穏やかに微笑んだ。
「ノルエットも元気そうだね。
前よりも魔力量が増えたかな?筋力は少し落ちたみたいだけど、健康には問題無さそう」
「しれっと、わしの体をスキャンするでないわ!」
「子供の心配をする親の気持ちだから、遠慮なく受け取りなさい」
「わし、既に500年以上生きとるから子供には程遠いんじゃぞ。見た目は子供に見えるかもしれんが……」
「何歳になっても子供は子供だよ。私が作った私の子供だ」
「そうかい……」
頭を撫で続ける神に、ノルエットは深々とため息を吐いた。
神がノルエットを子供と言ったように、ノルエットが神を父と呼んだように、二人の関係は親子に近い。
しかし、ノルエットは神が生物と交わってできた子供ではない。
この世界に受肉した神が、思い付きで作った命であり個体だ。
ノルエットの他にも数名おり、神は作った子供達の種族名を神子とし、この居住の中で育てた。
大きくなってからは下界に降りて、それぞれがそれぞれの生活を営んでいるため、会うことは殆ど無いが、互いに親子という認識は強い。
「帰って来てくれて嬉しいよ、ノルエット。
何か食べるかい?それとも植物園でも案内しようか?」
まるで田舎に帰ってきた子供を出迎える親の様だと思いつつ、ノルエットは必要ないと手を振った。
「今日は少し報告に来ただけじゃ。
すぐに帰る。気にせんでいい」
「え?折角帰ってきたのに……」
ぷぅと片頬を膨らませてじとりとノルエットを見上げる神は子供が駄々をこねる直前の様にも見えた。
神として世界のあらゆるものから信仰され、謁見を許し、時に助言し、時に見捨てる、普段の威厳あるその姿からはどうにも程遠い姿に、ノルエットはため息を吐いた。
「いい歳した神が頬を膨らますでないわ」
ノルエット自身も所属する学園の高位の地位を持っているため、神の威厳の無い姿はどうにも心配になる。
居住の中にいる者達からの信仰が薄れるのではないかと。
勿論、神への信仰が薄れようが、軽んじられようが、神が神であることに変わりはなく、一瞬でこの世界を終わらせる力を持っていることに変わりはない。
軽んじた者に灸をすえるくらいは、いくらでもできるだろう。
それでも、心配せずにはいられない。
神は生き物が好きだ。
いや、好きでないならばこの世界に作りはしなかっただろうし、彼らを見守ることもしないだろう。
そんな神が、一人になるようなことがあれば、どんなに悲しむのだろうか。
ノルエットは、自分が生きている間に何かあれば、ここに帰ってくるつもりでいるが、それでも、それは永遠ではない。
じっと心配顔で見つめてくるノルエットに、神は穏やかに微笑んだ。
「心配してくれるのか?ノルエットは相変わらず優しいな。
でも安心して。
居住の者達は、私がノルエット達の前では形無しだと知っている。
それに、別に私は威厳をふりまきたいわけじゃない。
そうさせたい者もいるようだが、私はただ自由に選択をしているだけさ。
この世界に与えた約束の様に」
「左様か。
……そうじゃな、父の好きにしたらよい。
何かあっても、わしは父の味方でいてやろうのぅ」
「そう言わずに敵対しても良いよ。
ノルエットが本気で魔術を使う姿もここ最近は見ていないし、成長を直に感じられるだろうから」
「わしは負け戦はしない主義じゃ。
あと、わしらが本気でやりおうたら、この世界が粉々になるわ」
「それもそうだねぇ」
けらけらと笑う神の姿に、ノルエットは苦笑しつつため息を吐いた。
子の心、親知らずじゃのぅ。




