05_正義の在処(XIII)
次の町が遠くに見えた頃、サンダリオは足を止めた。
金の刺繍が施された白い衣を纏った老人が一人、道の横の切り株に座っていた。
遠くの空を眺めたまま動かない老人の肩には一匹の鳥が止まっている。
あの白い衣は聖職者の証だ。
しかし、町の外に出る時に通常来ている防護服も身に着けておらず、町の中から唐突にそこに出てきてしまったかの様な出で立ち。
トラブルの気配に瞳を細め、サンダリオはなるべく老人を見ない様に歩き始めた。
何かを待っているのか、見つめているのか、はたまた、老人はもしかしたら既に死んでいるのかも知れない。
サンダリオが老人の目の前を通り過ぎた瞬間、老人の肩に乗っていた鳥がばさりと羽ばたいてサンダリオの頭を掠めて空に飛んで行った。
耳元で唐突に聞こえた羽ばたき音に驚き、身じろいだと同時に足が止まる。
それを確認すると、老人は穏やかに微笑んで口を開いた。
「サンダリオさん」
サンダリオは、声の主である老人を改めて見た。
穏やかに微笑む老人に見覚えは無い。
あの町に居つくまで、いくつかの国や町を経由したが、目の前の老人の様な聖職者とは知り合いにもなっていない。
サンダリオは眉間にしわを寄せた。
「何故、俺の名前を知っている?」
露骨な警戒心を見せたにも関わらず、老人は微笑んだまま一つ頷くと立ち上がった。
「神の使いとして参りましたヒューゴと申します。
サンダリオさん、あなたを神の居住へと招待致します」
神の使い、神の居住。
思いがけぬ言葉にサンダリオは怪訝そうにヒューゴを見た。
確かに次の町のすぐ傍には神の居住が浮かんでいる。
フィデルが脱走した後に通り過ぎて行った神の居住はここに停滞していたらしい。
けれど、それがヒューゴを信じるに値する理由にはならない。
世の中には信仰心の強い人々を騙して、金を奪う犯罪者だって多くいる。
そういう者達を刑務所の中で大量に見てきた。
そう易々と警戒を解くことなど、サンダリオには出来ない。
「神に用は無い」
「あなたが無くとも、こちらにはあります。
一緒に来ていただきます」
ヒューゴがそう告げた瞬間、サンダリオの足元に魔法陣が浮かび上がった。
転移系の魔法陣だと気付いた時には遅く、サンダリオは光に包まれ、その場から消え去った。
*
光の中にいたのは一瞬で、次に目を開けた時には、巨大な木が目の前に佇んでいた。
薄紅色の葉を揺らして、時折散るそれは異国の花を思わせた。
「ここは……」
辺りを見渡しても、見たことのない様な草木が所狭しと並んでおり、その間を小さな虫達が行ったり来たりと、動き回っているのが見て取れた。
頬に感じる風は暖かく、甘い花の匂いが鼻腔を擽る。
不意に、強烈に感じた視線にそちらを向けば、白い髪をした少年……青年がこちらを見つめていた。
その目は金にも銀にも見え、その額には枝の様な角が一本生えている。
「いらっしゃい」
迷いなくサンダリオに歩みを進める彼はそう告げた。
先ほどのヒューゴから言われた言葉を思い出し、サンダリオはぐっと眉間にしわを寄せた。
これが、神。
確かに存在感は人間や他の生き物とは一線を画す。
けれど、サンダリオは愛想笑いをするのでも、祈るわけでもなく、ただ警戒するように、じっと神を見つめていた。
信仰心の欠片もない。
そう言われればその通りだ。サンダリオには神を信仰するつもりも、要素も何もないのだから。
神はサンダリオの前まで来ると、口元に弧を描いた。
「待っていたよ。
とはいっても、私が、ではないが」
サンダリオが片眉を上げると同時に、空で羽ばたき音が聞こえた。
はっと、顔を上げれば、空中を飛んでいた見知った顔が、すとんと、神の隣に降り立った。
「……フィデル・コルティス」
目の前には間違いなく、フィデルがいた。
刑務所内でよく見ていた容姿からは少し離れ、飛び立ったあの時と同じ姿。
腕は翼になり、背にも翼が生え、頭や首にも羽毛が生えていた。
髪の毛と似た茶と白の混じった色の羽毛。
鷹の様に鋭い爪を生やした足に掴みかかられれば、ただでは済まないだろう。
フィデルはにぃと笑うと、口を開いた。
「遅かったな。サンダリオ」