05_正義の在処(Ⅶ)
「探していた」
その言葉の意味を、フィデルは結局口にはしなかった。
サンダリオが問いかけても、その意味を問うても、フィデルはただ薄く微笑むだけで、決して答えを告げることはしなかった。
その日が終わって、次の日が来ても、フィデルは変わらずにただ微笑んでいた。
フィデルは何を探していたのだろうか。
それは物か?人か?
何のために?
分からないことだらけだ。
仕方なく、フィデルが言っていた毒の件の調査を秘密裏に進めていたが、予想通り、関わったのは食事担当の囚人とそれを監督した看守、食事を持ってきたヨハンだけだった。
食材は業者から仕入れているからそこに疑いはない。他の囚人達にも被害は無いものと確認済みだ。
もし囚人がフィデルに恨みを持っていて毒を盛ったとしても、看守が誰に食事を持って行くのかは伏せられている。
ピンポイントで入れるのはあまりに困難だ。
それなら、ヨハンかとも思ったが、あいつがそんなことをするとは正直考えづらい。
特に、食には並々ならぬ熱意がある奴だ。
食事を無下にすることはしないだろう。
ただ……一点、気にかかることがある。
その日の献立はカレーだった。
匂いが強いため、毒を混ぜるのには適しているものではある。
けれどやはり、それぞれの動機が薄すぎる。
ここまで来ると、勘違いだった、で済ましても良いところだが、フィデルは普通の囚人とは訳が違う。
森の山小屋に行ったのを嗅ぎ取ったあの鼻の良さは確かだった。
それなら、毒を嗅ぎ取ったのは間違い無いだろう。
深くため息を吐いたところで、背後で動く気配がして即座に振り返った。
「ヨハン?」
振り返ればヨハンが立っていた。その腕に大量の資料を抱えて。
「おう、サンダリオも資料整理か?」
今二人がいるのは資料室。
囚人の記録全てがここにある。
日々取っている記録も定期的に収納する必要があるのだが、ヨハンの腕の中にある資料はどう見ても限度を超えているのが分かった。
「頼まれものか?」
看守達は不定期に仕事を取り替えることがある。
担当場所の変更や事務処理の内容など、様々に。
それぞれの家庭事情や体調に配慮しているのもあるが、がちがちに固めたスケジュールや人員配置は、囚人達が逃走する穴を作りやすいため、それを回避するための規則でもあるのだろう。
ヨハンもおそらく誰かと仕事を交換したのだろうと思ったのだが、サンダリオの問いに、ヨハンの視線は斜め上に泳いでいった。
それはつまり、そういうことだ。
サンダリオは眉間に手を当て、机を人差し指でとんとんと叩いた。
「溜め込んでたな?」
「……ちょーっとな?ちょっと」
以前も溜め込み過ぎて期日までの収納に間に合わず、大目玉を食らったというのに、懲りない男だ。
ここの資料室の書類は定期的に別の場所に保管されることになっている。
そのため、その期日までに書類を保管できないと再度資料を取り寄せるなど、手続きが大変なことになるのだ。
「まぁ、今回は期日前だ。それは褒めてやろう」
「わぁ、褒められた。ありがとうな。飴食べるか?」
「いらん。で、何か月分溜めたんだ?それ」
隣の席に資料を乗せたヨハンは少し考えた後、へらりと笑った。
「多分、これは二か月分」
「……“これは?”だと?
つまり、お前、他にも溜めてるのか」
「目ざとい!!
いやー、まぁ……向こうに後三か月分ある」
呆れ顔をしたサンダリオに、ヨハンは乾いた笑いを返して頭を掻いた。
「書類整理苦手なんだよな……」
「……仕方ないから手伝ってやる」
「まじ?!助かる!!!流石サンダリオ!!面倒見が良い!」
「どの書類を溜めてたのか簡潔に言え」
サンダリオは受け取った書類をヨハンと共に種類別に整理した。
本当に良く溜めていたものだと思うレベルの量ではあったが、内容はきちんと記載されていて、妙な几帳面さを感じさせた。
全てが完了した頃にはそれなりに日が暮れ始めていて、そろそろフィデルに食事を持って行く時間だとサンダリオは立ち上がった。
「あ、サンダリオ」
隣で伸びをしていたヨハンがサンダリオに声を掛けた。
人好きのする顔で、ちょいちょいと手招きしてくる。
「何だ?」
「これやるよ」
そっと手渡されたのはチョコレートだった。
最近町で流行っている滑らかなくちどけと謳っているものだ。
ヨハンは甘いものが好きだ。
それは看守の殆どが知っているし、ヨハンのデスクには多種多様なお菓子が詰め込まれているのも皆知っている。
しかし、まさか仕事着の中にも仕込んでいたとは。
「規則違反だぞ」
「お礼の印だって。規則違反なのは今は見逃して」
にししと笑うヨハンに、サンダリオは毒気を抜かれて渇いた笑いを漏らした。
手に乗せられた小さな個包装をポケットにしまい込み、一つ息を吐く。
「お礼ならありがたくもらっておく。今後はちゃんと仕事しろよ」
「はいはーい!サンダリオ、ありがとうな」
どうにも憎めない奴だとため息を吐きながら、サンダリオはヨハンに見送られて資料室を出て行った。
一人になったヨハンは、ポケットにしまい込んでいたチョコレートを一つ取り出して、口に含んだ。
「……甘い」




