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神は選択を弄ぶ  作者: 胡蝶花 旭
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02_親友を捜す少年(Ⅰ)

上空に神の居住が止まると、願いを持った人々を招き入れ、皆お告げをいただくという。


町に住む少年ブラントは、生まれて初めて見る空に浮かぶ巨大な立体に目を輝かせた。


あれはきっと神の居住だ。

神に願いを伝えることが出来れば、きっと道は開かれる。


胸の高鳴りにブラントはとろける様な笑顔を浮かべた。




***




神の居住は町の端に停止すると、時間を置くことなく地上にゲートを出現させた。

ゲートは神の居住に繋がる唯一の道であり、謁見者を招き入れる入り口でもある。


ゲートが現れたことに集まってきた人々から歓声が上がる中、3名の神官達がその中から現れた。

金の刺繍が施された白い衣は清廉さを感じさせたが、フードを目深に被っているため顔は良く見えず、多少の訝しさを感じてしまう。

真ん中にいた神官がそっと前に出て、口を開いた。


「神様に願いがある者は、ゲートにお入り下さい」


騒々しいこの場に似合わぬ淡々としたその声は、目の前で話しかけられたかの様に良く響いた。

唐突な招き入れに驚きに声を漏らす者も多い中、一目散にゲートに向かって一人が走り出したのを皮切りに、我先にと走り出す者達が増え、場は一気に騒然となった。


一瞬のことで動くことが出来なかったブラントは、眉尻を落とした。

まだ13歳である子供の自分が、大人の小競り合いに巻き込まれればただでは済まないだろう。

あの中に飛び込むのはあまりに危険だ。


危険。

それは分かっている。


それでも、自分にはどうしても神に乞いたい願いがある。


意を決し、ふっと息を吸ったブラントは、大人達を追いかけて走り出した。

ゲート付近の混雑をするすると避け、漸くゲートを潜る。

瞬間、目の前には大きな部屋が広がっていた。


「え」


驚きに周りを見渡すが、来た道は無く、ただ広い部屋が広がっているだけだった。


フロアの中には自分以外にも数名いたが、ゲートに入った人数より明らかに数は少ない。

ゲートに入った後に辿り着く先は様々なのかもしれない。

そうすると、自分はどう振り分けられたのかとブラントは不安に思った。

もし、願いが聞き入れられなかった場合、自分達はそのまま下ろされるのかもしれない。

そんな不安がよぎったのだ。


しかし、そんな不安も裏腹に、部屋の大扉が小さな軋みを上げて開かれた。

現れたのはゲート前に現れた神官達と同じ服を着た一人の神官だった。


「神様へ謁見を開始します。

 どうぞこちらに」


まただ。

淡々と話しているのにやけにはっきりと言葉が聞こえる。

神官達は特殊な術でも持っているのだろうか?


ブラントは不思議に思いながらも神官の後に付いて行った。


感じていた不安は、もう無くなっていた。







一際大きな扉を潜った先は、先ほどの部屋よりも更に広い空間が広がっていた。

高い天井から差し込んだ日の光は部屋全体を照らしていた。

白を基調とした柱や壁には金の装飾が施され、入り口から奥へと等間隔で並べられたステンドグラスが時折揺らめいて光を漏らしていた。


前を歩く神官を追いながら、奥へ視線を向けた。

部屋の一番奥の壁は一面草花が広がり、色とりどりの花が時折はらりと零れ落ちる。

その前に置かれた豪奢な椅子に、そっと神は鎮座していた。


白髪に、金にも銀にも見える瞳、そして額から伸びた枝の様な角。

人ならざる者の神々しさにブラントはごくりと唾を飲んだ。


不意に神官が止まったため、うっかりぶつかりそうになりながらもどうにかブラントは足を止めた。


「願いを告げてください」

ほっと息を吐く間もなく響いた老人の声に、はっと顔を上げた。


おそらく、声の主は神のすぐ傍に立っている老人だろう。

他の神官とは違い、フードは被らずにじっとこちらを見つめいている。


けれど、今の言葉は本当に自分にかけられたものだろうか?

ここまで一緒に来た他の謁見者達はどうして何も言わないのだろう?


ブラントはそっと辺りを見渡した。

しかし、おかしなことに、一緒に入ってきたはずの他の謁見者達も、ここまで道案内をしてくれた神官も、部屋の中には誰もいなかった。


目の前の神様と、神の傍仕えであろう老人、そして自分。

それしかいない。


前を向けば、不意に神と目があった。

細められた瞳は、微笑みを孕んでいて。


さぁ話して。


そう言われた気がした。



「僕は……。神様、僕は、親友を、見つけたいのです」



ブラントの親友であるアネモネは数週間前から行方不明になっていた。

どこに行ったのか、誰も知らない。

両親に聞いても町の人達に聞いても、誰も彼も首を横に振り、悲しそうな顔をするばかりで、情報は出てこなかった。

ブラントの知るアネモネは、唐突にいなくなる子ではない。

きっと何か事件に巻き込まれたのだ。


「僕の親友は、アネモネはどこにいますか?ずっと行方不明なんです!どうか、教えてください!」


響いた叫び声は小さく反響した後に溶けて消え、部屋の中にはまた静寂が戻った。


神はじっとブラントを見つめていた。


そして、そっと口を開いた。


「一つは泉。一つは魔女」


泉?魔女?


一瞬呆然としたブラントは、はっと一歩前に出た。


「魔女に、会いに行けば良いのですか?そこに親友はいるのですか?」


ブラントの問いに、神はふっと笑みを溢した。


「私は選択肢を与えるだけだ。私の言葉をどう受け取るかは、君の自由だ」


神は始終朗らかだった。

その笑みに安心してしまいそうで、けれど安心してはいけない気がして、ブラントは困惑したまま下を向いた。


……確か、南東の森を一つ越えた先に、魔女の家があると噂で聞いた。

その魔女がアネモネの居場所を知っている?

もしくは、魔女がアネモネを連れて行ったのか?

まさか、みんな魔女に関わりたくないから、教えてくれなかったのか?


「大丈夫。どんな選択をしても君は君のままだよ」


神のその一言で、頭の中でぐるぐると回っていた思考が、確かに着地したのを感じた。

顔を上げれば、神は変わらず笑みを浮かべていた。




その後、いつの間にか入って来ていた案内役の神官が「謁見は終了です」とブラントに声をかけ、外へと連れ出した。

神官に連れられ、初めの部屋に戻れば、一緒にこの部屋を出たはずの人が既に一人壁に寄りかかっていた。


彼は謁見していないのだろうか?

それとも、僕より早く謁見した?

……まぁ他人のことはどうでも良いか。


また一人、部屋に戻ってきたのをぼんやりと見つめながら、ブラントは町に降りたらやるべきことは決まったと、頭の中で計画を立て始めていた。




***




魔女の家には近づいてはならない。



幼い頃に何度も言われた。

魔女は命をも奪う、恐ろしい生き物だと。

魔女に捕まれば、二度と人の世には戻っては来れないと。


そしてそれと同時に、“悪さをすれば魔女の家に連れて行く”と子供の教育にも使われていた。

ブラントもアネモネも、勿論何度も大人達に脅かされ、時には泣き喚きもしたものだ。


そんな魔女のいる南東の森は、比較的穏やかな森だ。

しかし、入り組んでいる訳でもないのに、熟練の狩人でも時折道を間違えるらしい。

魔女の術がかかっているからと幼い頃に聞いたが、それが本当かどうか、子供達は知らない。


でも、とブラントは考える。


神様は魔女に会いに行けと言った。

そこにヒントがあるのなら、行かないわけにはいかない。


森を超えるためには……。

そう考えて様々なものをリュックに詰める。

飲み水、雨具、地図とコンパス、着替え、タオル、救急セットなど、入れられるだけ入れた。

魔女の家がどこにあるか分からない上に、すぐに魔女に会えるかも分からない。

だからなるべく、多くの食料を詰めた。


そして夜を越し、日が明ける前に、ブラントはひっそりと森へと歩み出した。


町の誰にも告げずに。


子供であるブラントが森へ入りたいと大人達に言っても、けして許してはくれないだろう。

それに加え、ブラントはアネモネの手がかりを一緒に探してくれなかった町の人達に不信感を持っていた。

だから一人で行くことを決めた。



アネモネを捜してやれるのは、自分だけだ。





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