04_ガラクタの心(XIV)
ノアは咄嗟に体を前進させ、無理矢理その切っ先に体を埋めた。
茜にも少し傷がついてしまったが、致命傷は回避した。
ほっと息を吐くノアとは対照的に、ショウは明らかに狼狽えた表情を浮かべていた。
ショウは、避けるならば後ろか横だと予想していた。
自分の体を盾にしてまで獣を守ることはないと無意識にそう思っていたのだ。
自分が絶対にやらないことだから。
「くそ……!」
ノアの上腕に刺さったナイフを引き抜こうとして、引き抜けないことにショウは気がつく。
ノアが筋肉を収縮させてナイフを締め付けているせいでビクリとも動かない。
離れようとナイフを持った手を離した瞬間、その手をノアの手が摑んだ。
ナイフが刺さった腕は茜を抱えたまま、もう一つの腕はショウを握りつぶさんとばかりにぎりぎりと力を込めてその手首を握りしめていた。
「離せ!」
ショウを見上げたノアの瞳に、ショウはぞくりと背筋が凍るのを感じた。
目の前のノアは怒っているはずなのに、その怒りをその瞳からは感じない。
感情のない瞳がショウを見つめている。
暗闇の中に一人取り残された様な錯覚を覚える。
目の前にいるちぐはぐな得体のしれない有機物に対する恐怖が、ショウを支配していた。
「死は、皆平等に訪れるものだ」
ノアの淡々とした言葉に、ショウは体をびくりと震わせた。
「早くても遅くても、神様との約束を守れるから、何の問題もないと思ってた。
やってくる死をそのまま享受すればいいと思ってた。
でも、今……僕はそれが違うと思い始めてる」
「何を……」
「茜を失いたくない」
泣きそうな顔をしたノアに驚き、ショウは目を見開いたまま停止した。
途端、身体を突き抜けた衝撃にショウは自分の腹に視線を落とす。
氷の刃が深々と刺さっていた。
再度ノアに視線を戻すと、感情の無い瞳をショウに向けたままその手を離した。同時に、腹に刺さっていた氷の刃も砕けて消えた。
せき止められていた傷口から大量の血が吹き出し、ショウはがくりと膝をつく。
視界がぐらぐらと揺れている。
ノアは腕に刺さったナイフを引き抜くと、軽く治癒術をかけて止血し、ショウに背を向けた。
「ノア……」
ショウの弱弱しい声に振り向きもせず、ノアは氷の刃を複数作り出すとそのままショウへと放った。
血だまりの中で沈黙したショウの鼓動が消えたことを感じ取ると、ノアは敵を倒しきったコーダの元へと駆けて行った。
地下から出るのはそう難しくはなかった。
四方から情報を聞きつけた敵が二人に襲い掛かってきたが、ノアが地上へ通じる穴を空間魔法を駆使して作り出して、そのまま地上まで上がったのだ。
誰一人、ノア達を追撃できる者はいなかった。
茜を医者に見せるため、コーダに連れて行かれたのは元居た病院ではなく、シェーラの屋敷だった。
どうして、と疑問を投げかけたが、コーダは苦笑しただけで何も言わず、シェーラの屋敷の一室にノアを案内した。
そこに待機していた医者が獣医だと紹介され、ノアはしずしずと茜を差し出した。
「ごめんなさいね。うちのごたごたに巻き込んでしまって」
別室で診断を待っている間、部屋を訪ねてきたシェーラの言葉にノアは何も言わずに首を傾げた。
「謝罪されるようなことは何も無いです」
「私が依頼しなければ、あなたの大切な狐は怪我を負うことも無かったでしょう?」
確かにこの依頼を受けなければ茜はこんなことにはならなかったし、自分も怪我を負うことは無かっただろう。
けれど、危険があると、最悪死ぬと分かった上で受けたのだ。
謝る必要はない。
それをたどたどしくも伝えれば、シェーラは優しく笑みを浮かべた。
「こんな時になんだけれど。これを」
そう続けたシェーラの手からノアに黒い小箱が手渡された。
依頼の報酬。
あの日約束した赤のブローチがその中には入っている。
「これで一先ず依頼の分は精算ね」
シェーラの言葉にノアは小さく頷いて、小箱を握りしめた。
あんなに欲しかったのに、どうしてそれ程嬉しいとは思わないんだろう。
茜を預けた医者が部屋に入ってくると、茜の容態を簡潔にノアに伝えた。
「応急手当はしましたが、容態は悪いです。
有毒な煙を吸ったことによる呼吸器の悪化と、薬物反応が出ています。
それと何か魔術を掛けられているらしく、意識が戻りません。
……正直、手の施しようがありません……」
ノアの体から、すとんと力が抜けたのが分かった。
近くにいたコーダがノアの背中を擦る。
呆然と虚空を向いたままのノアの瞳が次第に下に下がっていく。
ノアの中で思考がぐるぐると回っている。
回って、回って、結局どこにも辿り着けず、ノアはまた思考する。
明らかに落胆した様子のノアに、誰もが何も言えずにいる中、シェーラが窓の外の空を見上げた。
「……神様に願えば、助かるかもしれないわ」
はっと全員がシェーラを見やった。
コーダはまさか、と声を上げる。
「神の居住がこの近くに来ているのか?」
神の居住。
この世界を創った神が住まう空中移動の建物。
神と謁見するには、神の居住に訪れる必要がある。
それはこの世界の常識だ。
「先程、神の居住がこの近くを通るという情報が入ったの。
ここで止まるかは分からないから、確証は上げられないけれど……」
シェーラは申し訳無さそうに眉尻を下げたが、対照的にノアは驚きと歓喜を滲ませて立ち上がった。
茜のいる部屋へと走り出すと、優しく茜を抱き上げてノアは踵を返した。
後ろにはシェーラとコーダが追ってきていたが、その声にも耳を貸さず、ノアは外へと飛び出した。
空は晴天。
一点の雲もない青。
そこに、地上に影を落とす大きな物体が空を横切った。
ノアの後ろにいたシェーラとコーダは目を見開く。
情報ではこの上空を通るのは明日だと予測されていた。
それが、今、目の前にあるのだ。
ノアは影の中で神の居住を見上げ、大きく口を開いた。
「神様!!」
今までで一番大きな声。
深部全てに響かんばかりの声。
ノアは神の居住を見上げたまま、言葉を続けた。
「神様!茜を助けて!!」
その瞬間、ノアの目の前に魔法陣が浮かび上がった。
神の居住に繋がるゲート。
シェーラもコーダも初めて見るそれに息を呑んだが、ノアは喜々として魔法陣の中へ足を踏み入れた。
思わず呼び止めた二人の声にノアは肩越しに振り返り、そっと穏やかに微笑む。
そしてノアは、姿を消した。




