04_ガラクタの心(IX)
「これで全部か」
三階はたった二部屋だったため、サクルとノアはそう時間も掛からずに制圧が完了した。
一階、二階とお互いの動きを把握していたからか連携すらできていて、あまりの手際の良さに、ノアの首元で見ていた茜は凄い奴らだと内心苦笑いを禁じ得なかった。
頼まれた仕事はこれで全てだ。
ようやく帰れる。
安堵の気持ちと共に廊下へ出た瞬間、前を歩いていたサクルが足を止めた。
「……なんか、焦げ臭くないか?」
サクルの言う通り、何かを燃やしている臭いが廊下には漂っていた。
ノアは作戦の内容を頭の中で辿りながら、首を傾げる。
「……燃やす予定だったか?」
「そんな予定ねぇし、やるなら俺らが外に出てからだろ!」
サクルの怒声に、それもそうかとノアは頷いた。
煙が上がってきていないことを考えると、火の状況は未だ小規模だろうが、敵襲なのは間違いない。
しかも背後を取られている。
そこでふと気が付く。
「二階に二人残ってたよな」
全員で三階に上ると狭いからと、二人は二階で待つようにさせた。
それなのに火を放たれているのであれば、その二人に何かあった可能性が最も高い。
サクルはさっと顔を青ざめさせ、走り出した。
「下に降りるぞ!」
走り出したサクルの後を追って、ノアも走り出す。
追っている間に浄化の魔術を強いものにかけなおして、火災の煙も遮断する。
これで最悪下の階に煙が充満していても、歩くことは出来るだろう。
けれど、獣にとって火災は恐ろしく見えるものだからと、ノアは茜の身体を落ち着かせるように撫でた。
二階は薄暗い煙がすでに充満していた。
三階にいる時よりも焦げ臭い臭いが明らかに強く、何かあったことは明白だった。
見える範囲で火元は見えない。
けれど、何よりも早く、この建物から出た方が得策だろう。
見えない中で戦うよりも、見える場所で戦うべきだ。
「ショウ!!ラザロス!!」
サクルが大声で二人を呼ぶが、返答がない。
煙が酷く前が見えないため、現状を把握するのが困難だ。
声がすれば確かに向かうことはできるけれど、それ以上に。
「サクル、大声を出すと煙を吸ってしまう」
「けど!」
ぐいと力業でサクルをしゃがませると、ノアは前をじっと見つめた。
魔術による生命の感知。
それ程得意でないため、数秒しか感知できないが、それでも煙の中でも多少の状況は確認できる。
「生きているのが二人、あの辺りに転がってる」
はっと走り出そうとするサクルの肩を抑えたまま、ノアは続ける。
「頭を高くすると煙を吸って倒れる可能性が高い。
体制は低く、なるべく吸うな」
「……分かった」
深々と頷いたサクルの肩から手を放せば、サクルは颯爽と二人の元へ駆けて行った。
体制を低く保ったまま、よくあれだけ素早く歩けるものだと、感心しながら、ノアはそっと立ち上がった。
浄化をかけているノアは煙の影響を受けないため、体制を変える必要は無い。
さて、火の元はどこだと一階まで感知を伸ばす。
全ての部屋に熱源を探すが、それは一向に見当たらない。
「……まさか」
ノアははっとサクル達の元へ駆けだした。
火の元が無いのに、煙を充満させた理由は襲撃者である自分達を分断させるため。
そして、各々に攻撃するためだ。
再度、生命感知をかければ、サクルが床にうずくまっているのが分かった。
駆け寄ってその背に触れる。
「サクル!」
「お前……」
サクルはノアを見て大きく目を見開き、そして、首を横に振った。
「……逃げろ!」
ぐさり、と背中に衝撃が走った。
痛みと熱。
背中越しに振り返れば、そこに一人立っていた。
微笑みを浮かべた彼の右手には血の付いたナイフ、左手に感じるのは魔術の感覚。
「ショウが、裏切った……」
サクルの声を片耳で聞きながら、引き抜かれたナイフの衝撃でノアはその場に崩れ落ちた。
体に力が入らない。
魔術を纏わせた左手を向けてくるショウの姿を、朦朧とする意識の中でノアは見上げ、そして意識を失った。
***
お前は感情をどこかに置いてきたのだと、誰かが言っていた。
知らない間に落としてしまった僕の感情。
一つ一つ集めてパズルの様にはめ込んでいけば、いつかみんなと同じになれるのかな……?
みんなの様に感情を蓄えられれば、きっと、お母さんは僕を迎えに来る。
みんなの様に感情を表せられれば、きっと、お父さんは家に帰ってくる。
そしていつか、僕は完全な人間になるんだ。
2022/4/7 文章に一部誤りがあったため、修正しました。