04_ガラクタの心(VIII)
気弱そうな男が一人、こちらを覗き込んだ。
声がしたことに気が付いて、サクルは振り返り、目を丸く見開いた。
「あれ?ショウ?お前なんでここに」
ショウ、この作戦の中で残党狩り、取りこぼしが出た時の要員だったはず。
それがなぜ、ここに?
警戒から一歩下がったノアとは対照的に、サクルはショウの元へ近寄っていく。
「ラザロスは?」
「他の部屋、倒しに行ってる」
「え?お前ら下で待ってろって言って……」
「この方が早く終わるってラザロスが……」
ショウの言い分はこうだ。
一階は全滅、二階に繋がる階段は一つ。
なら、一階で倒そうと、二階の廊下で倒そうと変わらない。
そして、ラザロス一人でも小部屋程度なら制圧できるから、漏れ出た一人二人はショウが倒すことになった。
ショウが防音魔術を使っているため、多少の物音は上に響かないから問題ない。と。
「そういうことなら先に言えよ。ビビったじゃねーか」
「作戦が始まってからそういう話になったんだから、伝えようがないじゃん。
無事だし、良かったってことにしよ。ね?」
「はいはい。じゃぁ後は上の階だけだな」
サクルがちらりと廊下を覗き込めば、ちょうどラザロスが別の部屋から出てきたところだった。
「ラザロス、唐突な作戦変更は止めろって」
「暇だったし、何より、今回はイレギュラーがいるだろう。それが心配でな」
ラザロスはちらりと部屋の中に佇むノアを見やり、すぐに視線を切った。
どうやら、ラザロスには嫌われていたらしい。
まぁ嫌っていようと構わないが。
ノアは手持無沙汰を解消しようと茜の身体を撫で、茜はそっとノアの顎に鼻先をつけた。
……ああ、上の階に上がって、敵を倒して早く帰りたい。
魔術で浄化はしているが、茜にとってここは良い場所ではないだろう。
早くここから解放してやりたいな……。
「ノア君」
不意に声をかけられ、前に意識を戻す。
ショウが目の前に来ていた。
気弱そうな、けれど、芯の強そうな瞳がノアを見つめていた。
「何?」
「サクルとは、うまく連携取れてる?
サクルは少し荒いところもあるけど、結構状況見てくれてるから、頼りにはなると思うんだけど」
小声で確認されたことに、ノアは「問題ない」と簡素に返答を返した。
戦い方に問題はないし、お互い邪魔になる様なことは無かったはずだ。
ラザロスやショウが感じている心配事は特にない。
少なくとも、ノアはそう感じていた。
「そう……?
二人をペアにしたの、実は少し不安だったんだけど……大丈夫だったみたいで、安心した」
にっと笑顔を浮かべたショウは言葉を続ける。
「まぁ、何かあったら、僕に言ってね。仲裁は得意な方だから」
「……分かった」
特に必要もなさそうな内容だったが、一応心に留めておこう。
「ねぇ、ところでさ。その狐、可愛いね」
「ん?」
ショウの好奇心溢れる声に首元に意識を向ければ、自分に視線が向いていることに緊張したのか、茜の心音が少し早くなっていく。
茜の頭を撫でて視線を遮り、ショウに意識を戻す。
「狐に興味が?」
「幼い頃、狐の友達がいたんだ。君の持っている毛皮くらいの大きさで、良く森で遊んだ。日が暮れるまで、毎日……」
ショウはぼんやりと茜を見ていた。
けれど、どうも心はここには無さそうで、ノアはショウの顔を覗き込んだ。
「ショウ?」
「あ……ごめん、なんだか懐かしくって」
気にしないでと首を横に振り、ショウはまだ話を続けているサクル達へ足を向けた。
ノアはその後ろ姿を見つめながら、考える。
ショウは、もともとは普通の家庭に生まれたのだろうか。
当たり前に笑って、泣いて、怒って、感情を享受して、普通に……。
普通というのは、とても強いことだ。
揺るがない芯がある。
自分は無いもの。
……欲しかったもの。
「ノアは強いから心配いらねぇよ」
不意にサクルの声がノアの耳に響いた。
驚きに顔を上げれば、サクルを含めた三人の視線がノアに刺さっていた。
何の話をしていただろか。
問い返すつもりはないが、何か言葉が必要だろうか。
そう思案しつつ首を傾げれば、ラザロスが神妙な面持ちのまま口を開いた。
「……強い、か。まぁサクルが言うなら間違いはないか」
首を小さく振り、ラザロスはすっと背筋を伸ばした。
それを満足げに見て、サクルは廊下を歩き出す。
ショウも二人の後を小走りに追い、一人残されたノアは首を傾げたまま小さく息を吐いた。
「良く分からないな……」
「ふふ……」
苦笑を溢した茜に、ノアは視線を向ける。
「茜は分かるの?」
「……認められたんだよ。良かったな」
「良かった、のか……?」
「少しずつ分かれば良いんじゃないか?」
「うーん……」
小さく唸りつつノアが歩き始めたため、茜はそっと口を閉ざした。
茜は、深部の捨てられた場所と言われたあの場所での一件から、ずっと考え続けていた。
ノアがどうしてあの光景に何も感じなかったのか。
……そして、その問いに出した茜の結論はとても簡潔だった。
ノアがそう思うなら、それで良い。
何故なら、茜が今感じていること全てをノアは感じ取れない。
分かるはずがない。
ノアや、茜や、他の者達が、同じ光景を見ても、けして同じ様には感じない。
例えば、目の前に弱っている獣がいた場合。
茜は、食料にありつけたと喜ぶだろう。
でも、ノアは、助けるかもしれないし、興味すら持たないかもしれない。
同じ事柄でも、感じていることは違う。
なら、一つ一つ、すり合わせるしかない。
茜は密かに笑う。
ノアは俺のために浄化の魔術をずっと使ってくれている。
つまり、誰かを思いやることはできるんだ。
でも、全部が全部にはそうならない。
そんで、死者と生者への捉え方も違う。
それを理解できれば、ノアとまだこの先も、きっとちゃんと分かり合える。




